第22話 食い違う時間

 天民は不思議そうな顔をして、更に武尊に向かって聞く。


「武尊殿は、黄陽へ行かれた事がおありで? そういえばお名前も、白鹿と云うよりは、黄陽の方のようなお名前ですね。」

「いえ、私は黄陽国へ行った事はございません。ですが私の名は、確かに黄陽の者のようかもしれません。私が生まれた時、黄陽から来ていた僧が名付けてくれたものなのです。」


「ほう、そうでしたか。はて・・・ 武尊様は、今お幾つですかな?」

「私は今年、十七になります。」

「ほう、十七に。もしや・・・ その黄陽の僧というのは、円海えんかい様ではありませぬか?」 

「はい。そうです。円海様です。空心様は、ご存じなのですか?」

「えぇ、一度お会いしたことが。ちょうど私が蒼天へ戻る時に、黄陽の港でお会いしたのです。たった今、白鹿から戻られたばかりなのだと、円海様は仰っていました。」

「そうでしたか。私が幼い頃に黄陽へ戻られたので、お顔もよく覚えてはいないのですが。」


「円海様は、とても穏やかな物腰の方でしたよ。して、天民のことは何処で?」


「はい。実は、白鹿国の紅號フォンハオ村という所で天民様のお名前を聞き、今は蒼天に居られると聞いたものですから。どのようなお方かと、一度お会いしたいと思ったのです。風砂の効薬の事も伺いたいと思いまして。」


「おや。これはまた、奇妙なお話ですね。天民は、黄陽に居る私の弟子でして、蒼天にも白鹿にも参った事はございません。風砂の病なども知らぬはず。」

「そんなはずはございません。白鹿の北方から来た風砂が紅號村で流行し、ちょうど黄陽から蒼天に参るはずだった天民様が立ち寄られ、風砂に効く薬の作り方を村の民に教え、共に作ってくれたのだと紅號村の民から聞きました。」


空心は、泰極王と顔を見合わせた。



 武尊の様子から嘘をついているとも思えず、いぶかしんでいると、

「武尊殿。それはいつの話ですか?」

泰極王が聞いた。


「はい、春の事です。私が紅號村を訪ねたのは、美しい紅葉の秋でしたが。春に紅號村で風砂が流行り、夏の海風にあおられ秋には金樹の都で流行したというのです。」

と武尊は答えた。泰極王と空心は、更に怪訝な顔になった。


「おかしい。白鹿でそのような病の流行があったとは、聞いておらぬ。春から秋といえば、おそらく昨年以前のこと。そのような病の流行は起きてはおらぬぞ。」


「まさか! 蒼天王、それは誠ですか? 誠に起きてはいないのですか?」

「武尊殿、誠の事です。まさか・・・ 武尊殿は、砂漠の王に命じられ蒼天へ参られたと仰いましたね。」

「はい。蒼天王。その通りでございます。」


泰極王と空心は、再び顔を見合わせた。


「武尊様。もしや、そなたは砂漠の王の水鏡に行ったのではございませんか?」

空心が武尊に聞いた。


 その言葉に驚いた武尊は、

「はい。その通りでございます。ですがなぜ、空心様がその事を? 私はまだ、蒼天王にしかお話しておりませぬが・・・」


「やはり、そうでしたか。つい先日、泰極王と砂漠の王の話をしていたところだったのです。水鏡というもう一つの世の話を。そなたは幻鏡を、もう一つの世を見て来たのですね。」

「はい。私は水鏡に居りました。空心様は、もう一つの世の事をご存じなのですね。」


「えぇ。私は話に聞いただけですが、武尊様が見て来たもう一つの世は、我らが暮らすこの世とは ‘時’ が違うのかもしれませぬ。もしくは、まったく別の場所にある、まったく同じに見える世なのかもしれません。」


「空心様、 ‘時’ が違うとは? 確かに水鏡の中は四季がちぐはぐで、この世の道理ではありませんでした。でもそれは、水鏡の入口がその都度、必要な場所へ私を運んだからで特におかしいとも思いませんでした。水鏡の中の ‘時’ は、どのように動いているのでしょう?」

「それは・・・」


と、空心が言葉を選び話そうとすると、侍従が広間へ入って来た。



「失礼ながら、空心様に急ぎの文が参っております。」


空心が文を受け取り中を見ると、顔色が変わった。



「空心様、いかがなされたのです? 誰からの文でしょうか?」

泰極王が心配して歩み寄ると、


「て・・・ 天民からの文にございます。こちらに・・・ 蒼天に参りたいとの願い入れの文にございます。」

空心が手を震わせている。


「なんですって! それで文にはいつ、こちらへ参りたいと?」

泰極王が、空心の手を支えて聞いた。


「天民は、五光峯寺ごこうぶじを出て蒼天の私の下で学び、残りの生涯を過ごしたいと。 私と蒼天王の許しを頂けたら、すぐに黄陽を発ち蒼天との交易船に乗りこちらへ参りたい。そう申しております。」

「ならば、誠に天民様は今、黄陽国に居られるのですね。」


目を見開き青ざめた顔で武尊が聞いた。


「えぇ。武尊様、誠にございます。こうして今、文が届いたばかりです。」

空心が文を手に一歩踏み出した。武尊は、空心の言葉を聞きその場に座り込んだ。

「なるほど。して、空心様はどう致しますか? 天民様の願いを、どのようのお考えですか?」


「泰極王。私の考えだけを申せば、こちらへ呼んでやりたいと思います。志のある者の意を折る理由もございません。それに天民は、まだ若い。四十を超えてはおらぬはず。とても賢く穏やかで、心根も優しく、そう・・・ 幼い桜の面倒もよく見てくれました。

 もし、今こちらへ参り更なる学びを深め留まってくれるのならば、きっと泰極王の善き相談役にもなってくれるでしょう。さすれば私も、いつお迎えがあっても安心して旅立てます。」


「空心様、何を仰るのです。まだまだこの世に、父上と共にいてくださらねば困ります。」

泰極王の言葉に空心は微笑み、なだめるように泰極王の手を優しく叩いた。


「ですが、天民様がそのようなお方で、誠に蒼天に留まってくださるのであれば、私としても心強い。将来、獅火にとっても大きな助けになるでしょう。父上や私に、空心様が居てくださったように。」

「えぇ、きっと。天民なら獅火様の力になってくれるでしょう。ならば天民に、安心してこちらへ参れと文を送ってもよろしいでしょうか?」

「もちろんです。空心様。先ずはその旨、急ぎ龍峰鳩で知らせてやってください。それから、交易船に乗れるよう私の方から手配し通り符を五光峯寺へ送らせます。」

と泰極王は、笑顔で力強く言った。


「ありがとうございます。泰様。天民も喜びます。では早速、文を書かねば。」

と空心がその場を立ち去ろうとした時、永果ヨングオが手に金色の輪を持って入って来た。そして、泰極王と空心の間に入った。

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