新しい旅へ
第21話 武尊、蒼天へ来たる
砂漠の水鏡を出た武尊は、蒼天国へ向かい砂漠との国境である西の門まで来た。そこには、蒼天の軍部の者たちが多勢いた。一人一人の持ち物まで入念に調べている様子。その為に、入国待ちの長い行列ができている。
武尊の番が来た。軍部の者は、武尊の剣に目をやり顔を見ながら聞いた。
「何処から来た? 名を申せ。」
「白鹿国から来た、武尊と申します。」
と武尊が答えると
「何? 白鹿から来た武尊だと? 誠か?」
と軍部の者は言い、人を集めてから
「その剣を改める。」
と、武尊の剣に手を伸ばした。武尊はそっと腰から外すと、息を殺しながら差し出した。
剣を受け取った軍部の者たちは、鞘から剣を抜き十二色の鏡石を確認すると、すぐさま剣を武尊に返し、
「失礼致しました。これから、蒼天王府へお連れ致します。」
と頭を下げた。
武尊は訳が分からず、
「あの・・・ なぜ俺が王府へ行くと知っているのですか?」
と尋ねると
「はっ。泰極王から仰せつかっております。白鹿の砂漠より、十二色の鏡石を刃に納めた剣を持つ武尊様が参られたら、護衛し王府へお連れせよと。」
「なぜ泰極王は、俺が砂漠から来ることを知っているのですか?」
「私は、詳しい事は何も知りません。ただ、武尊様を王府へお連れするように。とだけ云われております。ですので、泰極王にお会いになられたら、直接お尋ねください。」
「分かりました。お出迎えに感謝致します。」
と武尊は頭を下げ、用意された馬車に乗り軍部の護衛の下、王府へ向かう事となった。
それから三日をかけ、武尊は玄京の都へやって来た。都へ入るとまっすぐ王府へと案内され、王府に着くと広間に通された。広間では既に、泰極王が待っていた。
「おぉ、よく参られた。そなたが白鹿国の武尊殿か?」
泰極王が立ち上がり、武尊に近寄って言った。
「はい。私が白鹿国、第二皇子の武尊にございます。蒼天王はなぜ、私が来ることを知っておられたのですか?」
武尊は、蒼天に入ってからずっと気になっていた事を聞いた。
「あぁ、これは失礼。武尊殿は、白鹿国の第二皇子であったのですね。なるほど・・・ そなたが。我が国の治水事業を学びに来るはずであった第二皇子が、砂流に飲まれたと知らせは受けていました。それからずっと、案じておりました。なるほど、それで・・・ いや、そなたが不思議に思うのも無理はない。
実は先日、この王府に砂漠の王が来て、私に言ったのです。〈東風節を過ぎてしばらくすると、白鹿国から一人の若者がやって来る。名を武尊といい十二色の鏡石を刃に納めた剣を持つ者だ。その者に会い話を聞き、龍峰山へも連れて行ってくれ。〉と。」
「なるほど、そうでしたか。それで入国の際に剣まで調べられたのですね。」
「うむ。もし失礼があったのなら、申し訳ない。そなたを探す唯一の手立てが、名と剣だった故。」
「いえ、失礼な事など何もございません。入国してからずっと手厚くお世話してくださり、無事に王府までたどり着きました。感謝しております。」
と、武尊は深々と頭を下げた。
「いえいえ、武尊殿。どうぞ頭を上げてください。して、一体何があったのです? この蒼天にも、白鹿の皇太子の訃報とそなたの砂漠での行方知れずの報は入って来たが・・・」
泰極王が武尊の腕を取り腰かけるように促しながら言うと、武尊はそのまま腰かけて話し始めた。
「実は私は、父上からの文でお知らせした通り、蒼天国の治水事業を学ばせて頂きたくこちらへ向かっていました。その途中の陽沈砂漠で砂流に飲み込まれてしまったのです。ちょうどその折、白鹿の西方に賊が来襲し、討伐に向かった兄上が負傷しそのまま亡くなってしまったのです。砂流に飲まれた私は、砂漠の王に助けられた時に兄の死を聞かされました。」
「なるほど、そうでしたか。さぞお辛かった事でしょう。」
「はい・・・ ですが、おそらく金樹の都に残った父上の御心痛の方が、何倍も強いかと胸が痛みました。」
「そうですね。一度に大事な皇子が二人ともいなくなってしまったのですから。その御心痛は、同じ父親としてお察し致します。」
「泰極王、ありがとうございます。」
武尊は、目に涙を滲ませながら言った。
「そなたの無事を、すぐに知らせましょう。ちょっとお待ちを。」
泰極王は、その場ですぐに文を書き、急いで白鹿王の元へ届けさせる手配をした。
「恐れ入ります。蒼天王。誠に感謝致します。」
「なに、これは当たり前のこと。少しでも早く、父上を安心させてあげましょう。」
その泰極王の言葉に、大きな優しさと愛を感じた武尊は安堵し、堪えていた涙がこぼれた。泰極王は、優しく武尊の肩を撫でてやった。その温もりに武尊は、心の中でいつかの澪珠の姿を思い出した。
「申し訳ございません。蒼天王。もう大丈夫です。」
「よいよい。砂漠で辛い想いをしたのであろう。よく生きて参られた。もう、安心してよいぞ。一体何があったのだ?」
武尊は涙を拭いまっすぐに泰極王に向き直すと、再びゆっくりと話し始めた。
「実は、砂漠の王が水鏡での十三の鏡の試練を私に課しました。今のままでは将来、白鹿の王位を継ぐことは出来ぬ。もっと心と体を鍛えなければならぬと。その為にと十三の鏡を渡され、この世の四季と人の世の八苦、それと一つの光の十三の姿を鏡に写し取れと。水鏡に入ることを命じました。」
「ほう。砂漠の王は、広くこの世を見せ、そなたに感じさせようとしたのだな。」
「はい。おそらく。私が水鏡の中で見た物は、私の知らぬ民の姿ばかり。ひどく胸の痛む姿もありました。」
「うむ。そうかもしれぬ。まだ若く、王家で育ったそなたにとっては、味わった事のない痛みも多かったであろう。私もかつては、無知な皇太子であったからよく分かる。こうして王位に就く前には、今思えば神仙様が与えてくださったのかもしれぬ試練を、七杏や空心様と乗り越えてきたのだ。」
「あっ。空心様とは、黄陽国の高僧ですね。私も、お会いできますか?」
「武尊殿は、空心様を知っておられるのか?」
「えぇ、お名前だけ。水鏡の旅の中で聞きました。どうしても空心様にお会いして、お聞きしたい事がございます。」
武尊は、泰極王に頼んだ。
「分かりました。では今使いをやって、空心様にこちらへお越し願いましょう。」
泰極王はそう言って侍従を呼び、空心の庵へ使いをやった。
「ありがとうございます。蒼天王。」
「いや、それより話の続きを。」
「はい。そして、水鏡で十二の姿を砂漠の王から渡された鏡に写し取りました。その証が、この剣の刃にある十二色の鏡石でございます。
十二鏡を写し取ったところで砂漠の王が現れ、残りの一つは蒼天国に在る。水鏡を出て蒼天国へ向かい泰極王に会い、共に龍峰山へ上れ。と言い、私を水鏡から出してくれたのです。」
「ほう、そうでしたか。この刃の鏡石が、この世の姿を写し取った証ですか。」
そう言って刃の鏡石に触れる泰極王に、武尊は、一つ一つの石がどのような姿であったかを話して聞かせた。泰極王は、丁寧に思い出しながら話す武尊の姿を見守るように聞いている。時は静かに過ぎていった。
「空心様が参られました。」
侍従のその言葉の後に、空心が広間に入って来た。
「空心様。急なお呼び立て、申し訳ございません。この方が、お知らせした白鹿から参られた武尊殿です。」
泰極王は立ち上がって空心を出迎え、武尊を紹介した。それを受けて武尊も立ち上がり
「初めまして。空心様。白鹿国の第二皇子、武尊にございます。突然の面会の申し出にお応え頂き、感謝致します。」
と挨拶した。
「あぁ、これは武尊殿。此度、白鹿は大きな悲しみに出逢われた。お悔み申し上げます。そなたは大事ないので?」
「はい。私はその頃、陽沈砂漠におりまして、そこで兄の死を知りました。此度は、砂漠の王の命で蒼天国へ参りました。」
「そうでしたか。それはまた、ご苦労されましたね。」
「いえ、貴重で有り難い体験でした。ところで、天民様にお会いする事は叶いますか?」
水鏡の中の紅號村で聞いた、天民のことを武尊が聞く。
「はて・・・ 天民は黄陽国にいるはずですが・・・ なぜ天民のことを知っておられるのです?」
空心は、驚いた顔で武尊を見た
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