水鏡から蒼天国へ
第19話 春の別れ
武尊と澪珠が新しい水鏡の入口をくぐると、目の前には見事な満開の桜並木が続いていた。
「すごいぞ。澪珠。満開の桜だ。」
武尊が大声で言った。
「うわぁー。すごいや。道が桜色だ。きれいだなぁ。」
澪珠は飛び上がって喜び、並木の桜を枝から枝へと渡って行く。桜の木の下には、黄色の小さな花も咲いている。草は青々として、そこは春の盛りだった。
「武尊、すごいね。春だ。春がいっぱいだ。」
武尊の元に戻って来た澪珠は、体中にたくさんの桜の花びらが付いていた。
「はははっ。澪珠、君も体中に春がいっぱいだぞ。」
「えっ? そう? 何で? あっ、そうだ。鏡を見せてよ。春の鏡があったでしょ。」
「あぁ、そうか。ちょっと待って。ほら、見てみろよ。」
武尊が春の鏡を取り出し澪珠に向けると、そこには体中に桜の花びらを付けた子猿が写っている。
「あははっ。体中に花びらがいっぱいだ。春がいっぱいになってるや。はははっ。」
澪珠も自分の姿を見て笑った。
すると鏡から光が放たれ、いつものようにその光の中にこの美しい景色が写った。そこには、桜の花びらで春いっぱいの澪珠の姿もあった。そして小さくなった鏡は、桜色の石に変わり剣の刃に納まった。
「これで十一鏡だ。残るはあと二鏡だ。」
「うん、武尊。もう少しだね。頑張ろう。」
二人は、美しい桜の道を歩き出した。
すると、誰かの話し声が聞こえてきた。
「そういえば、この先の桜の木の下に、若い娘と青年がいたよ。」
「そうか。じゃあ、彼らの声かも。」
武尊と澪珠は静かに歩く。
「それで、いつ村を発つの?」
娘の声がする。
「明後日には、行かなければならない。すまない。」
青年は、申し訳なさそうに言った。
「いいえ。あなたのせいではないわ。戦だもの仕方ない。」
「あぁ。でも、こんな百姓まで呼ばれるなんて、よほど戦況は厳しいんだ。そうに違いないさ。都の兵だけでは足りないということだろ?」
「えぇ、そうかもしれないわ。でも、そうであっても、私はあなたに無事に帰って来て欲しい。」
「あぁ。俺だって出来る事なら行きたくないし、必ず無事に帰って来たいさ。でも、こればかりは・・・ もし、無事に帰って来れたら、俺と一緒になってくれるか?」
「もちろんよ。子供の頃から決めていたわ。」
どうやら青年は戦に駆り出され、明後日にはこの村を発つらしい。その別れを惜しんでいる様子。青年と娘は、涙を滲ませながら手を取り合い見つめ合っている。
二人の話を木陰で聞いていた武尊は、胸が熱くなった。出兵して亡くなった兄の事を、思い出していた。
「行こう武尊・・・」
澪珠が小さな声で言った。
「あぁ。」
武尊は頷いて歩き出した。二人は、ただ歩き何も話さないでいる。
しばらく歩いてから、凛珠がそっと口を開いた。
「おそらく戦況は、だいぶ厳しいね。あの青年、生きて帰って来られるといいけど・・・ あのまま離れてもう会えないとなったら・・・ 切ないね。」
「あぁ、帰って来られたらいいな。でも、難しいだろうな。戦なんてなくなればよいのに。」
武尊も小声で言った。それからしばらく、二人はまた黙って歩き続けた。
そして、街に入った。街には人々の声が溢れていた。その明るい声と賑わいに、武尊と澪珠も少し生気を取り戻した。
「見て、武尊。紅燈がたくさんあるよ。何屋さんだろう?」
澪珠が、その先にある一軒の店を指差した。
「どれ、穀物と乾物の店だな。でも、この紅燈は婚礼の印だ。きっとこの家の誰かが、今日、婚礼なのだよ。」
「へぇー、そうなんだ。きれいな紅燈だね。入ってみよう。」
「分かった。澪珠。ここで大人しくしていて。」
「うん。」
澪珠は、武尊の巾着の中に納まった。
店の中に入ると米や干した芋や果物が並んでいて、奥には食事が出来る場所もあった。武尊は奥まで進むと、干し芋と果物、茶を頼んで座った。すると店の者が、にこやかな笑顔で
「今日は婚礼なのでお茶は振る舞いですよ。」と教えてくれた。
「武尊、善かったね。お茶は振る舞いだって。」
澪珠が巾着の中から小声で言った。武尊は、笑顔で頷いた。
「娘よ、すまない。お前をこんな形で嫁がせる事になってしまった。」
「父上、もうやめてください。これで商売が続けられるのですから、私はお役に立てて嬉しいのです。」
店の奥から声が聞こえてきた。
どうやらこの店の主と、今日が婚礼の娘のようだ。武尊と澪珠は顔を見合わせ、聞き耳を立てる。
「本当にすまない。お前が心から好きな人の元へ、嫁がせてやりたかったのに・・・」
「善いのです。これで。これでお店も奪われず、銭も用立ててもらえる。商売が続けられる。それで十分。だから心配しないで。」
「あぁ、せめて元気に暮らしておくれ。豊かに暮らしておくれ。」
「えぇ、お偉いお役人ですもの。きっと豊かに暮らせるわ。父上も、どうかお元気で。」
どうやらこの店の経営は上手くいっておらず、娘が嫁ぐ代わりに銭を用立ててもらう約束のようだ。武尊は杯にお茶を注ぐと、そっと巾着の中の澪珠に渡した。そして、干し芋と果物を紙に包むと、勘定を済ませ店を出た。
「婚礼なのに、ちっとも嬉しそうではなかったね。娘さんも父上も。」
澪珠が巾着から出て肩に乗り、武尊に話しかけた。
「あぁ、おそらくお役人とあの店と娘を狙う大店か何かが、結託して仕組んだのだろう。それに長引く戦だ。近くの田畑は荒らされ、耕す人手も兵に取られているのだろう。」
「あぁ、さっきの桜並木の青年みたいに?」
「うん、そうだ。だから、仕入れられる穀物も芋も果物も減っているのだろう。」
「そうか・・・ 悲しいな。この干し芋、美味しいのに。もったいない。」
「あぁ、大事に食べろ。」
「うん。なんだか今日は、切ない話しばかりだねぇ。」
二人は何とも切なくなり、胸の痛みを感じながら街の中を歩いた。
「うわぁー!」
突然、澪珠が大きな声を上げた。
驚いた武尊の横を、澪珠を掴んだ男が走り去ってゆく。
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