第16話 刀剣の村で争う兄弟

 兄貴と武尊が村の中へ戻って来ると、言い争う声がする。


「馬鹿言うな。俺のはさみも剣も、お前の物よりずっと上等に仕上がっているんだよ。見てみろ。」

背の高い方が、両手を目の前に出して言った。


「笑わせるな。俺のはさみはな、厚みといい、切れ味といい最上級品なんだよ。この剣だってそうさ。」

小太りの男が、負けじと両手を前に出している。


 さっきの二人の男が、まだ言い争っていた。


「なぁ、いいのか? あの二人、まだやっているよ。」

武尊が心配そうに言うと、兄貴は

「あの二人はな、ああ見えて兄弟なんだ。子供の頃はとても仲がよかったんだが、二人ともが打ち方になってからはずっとああさ。二人とも腕はいいんだ。だが、自分の腕の方が上だと言い譲らない。ああして互いを憎らしく思っているのさ。」

「ふーん。でも、誰も止めないのか?」


「最初のうちは止めたさ。だが、いつまで経っても憎しみ合う心は消えず繰り返してばかりいるものだから、もう誰も止めなくなったのさ。」

兄貴が呆れ顔で下を向いた。


「なるほど。実際、どちらの方が腕がよいか違いはあるのか?」

武尊が聞くと

「正直なところ、五分五分だな。背の高い方が兄なんだが、剣を作らせたら敵う者はいない。小太りの弟の方は、はさみや小刀のような物を作らせたら誰よりも上手い。」

「そうか。それぞれに得意な物があるんだね。」


少し離れた所で見ていた兄貴と武尊に、言い争う兄弟が近づいて来た。



「なぁ、あんた。この村は初めてだろう? 部外者から見て、どっちの品が上等か見てくれよ。」

兄の方が武尊に迫った。


「えっ? でも・・・ 俺はあまり刀剣の事は分からないし・・・」


武尊が口ごもっていると、弟の方も前に出て


「あんたなら、どっちの品を買う? それで選べばいいんだよ。なぁ、どっちの品を買うのさ?」

と詰め寄った。


「そうだ。それでいいよ。自分の銭を出して買うんだ。上等の物を選ぶだろう? もし、あんたに選ばれなかったら、俺は打ち方を辞める。もう、こんな言い争いはたくさんだ。」

「あぁ、それがいい。負けた方が村を出て行けばいい。そうしたらもう、兄ちゃんの顔も見なくていいし清々するぜ。」


「おいおい。そんな事を俺に任せないでくれよ。」

武尊は二人に言ったが、全く聞きいれてもらえない。


 焦った武尊が兄貴に助けを求めると

「武尊。決めてやれ。お前が上等だと思う方を教えてやれ。俺たちも、この兄弟の言い争いを聞くのはもうたくさんだ。」

困り果てた武尊は、しばらく黙り込んで考えた。



そして、さっきの兄貴の言葉を思い出した。


「分かったよ。俺が買って使いたい方を選ぶよ。」


と兄弟の顔を見た。兄弟はじっと息を飲んで武尊の顔を見ている。


「まず、剣ならこっちを買う。背の高い方が持っている剣だ。そしてはさみなら、こっちを買う。小太りのあんたのはさみだ。さぁ、上等な方を選んだぞ。」


武尊の言葉に納得がいかない顔の兄弟に、兄貴は

「分かったか? これが武尊の答えだ。」

と一喝した。



 すると兄は、はさみを手放し

「分かった。俺はもう、はさみを作らねぇ。剣だけを作る。」

と言い、それを見た弟の方も剣を手放し

「ならば俺も、もう剣は作らない。はさみや小刀の厚物しか作らねぇ。」

と言い、それぞれの家へ戻って行った。


 地面に残された剣とはさみを見て武尊は、

「これでよかったのかな・・・?」

と呟いた。

「善かったのさ。俺たちもうんざりしてたし、あの兄弟はどうしたって譲り合わねぇ。ずっと自分の作り出した物への称賛に執着し続け、自分の腕が一番だと相手を虐げてきた。村としては、腕のよい職人を一人も失わずに済んで解決したんだから御の字さ。」

と武尊をなだめた。


 すると、懐の澪珠が五蘊盛苦の鏡を取り出して見せた。


「あぁ、そうか。五蘊盛苦の鏡もあったね。」


武尊が、地面に残された剣とはさみに鏡を向けると、放たれた光にあの兄弟のいがみ合う姿がたくさん写し出された。そして、言い争う二人の兄弟の姿を嫌う仲間の姿も浮かび上がった。やがて光は鏡に吸い込まれ、小さな紅い石となり剣の刃に吸い込まれた。


「武尊、ありがとうな。何だか嫌な想いをさせちまったが、あの兄弟の言い争いもこれで無くなりそうだ。火種を一つ解消してくれたな。」

光の様子を見届けた兄貴が礼を言った。

「いや、そんな事はいいんだ。俺はこうして、人々の姿を写し取るのが役目だから。」

武尊は静かに言い、兄貴も静かに笑った。


「俺の方こそ、貴重な薬の作り方を教えてもらえて、この村に来て善かったよ。礼を言わなくちゃ。」

「礼なんかいいさ。それより、都に戻れたら必ず、薬を役立ててくれ。」

「うん。必ず役立てる。ありがとう。ところで兄貴、この丸薬の名は何ていうんだ?」


「あぁ、その薬の名は〈天紅砂ティエンフォンシャ〉。そう天民様は言っていたな。」


「そうか天紅砂か。分かった。都でも天紅砂を作らせてもらうよ。」


 懐の澪珠が肩に上がると、目の前を指差した。そこには、水鏡の新しい入口が現れていた。



「あぁ、もう行かなくちゃ。新しい入口が現れた。」

「あれがその水鏡か? 武尊、頑張れよ。」

言葉と裏腹に兄貴は、名残惜しそうに武尊の手を握っている。

「兄貴も元気でね。ありがとう。」

武尊は力強く言うと、水鏡の入口へ進んで行った。


兄貴は、水鏡の中に消えていく武尊をじっと見送った。

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