第14話 紅號村の風砂

 身を乗り出した兄貴に、武尊はゆっくりと話し始めた。


「あぁ、そうだ。その時、兄上が西境付近で亡くなった事も砂漠の王に聞かされた。そして俺に、命を助ける代りに砂漠の水鏡へ行けと命じた。だから今は、水鏡の試練の旅の途中だ。

 この旅で人の世の十三の姿全てを十三の鏡に写し取らなければ、この水鏡から出してもらえない。生きて砂漠から帰れないんだ。

 俺がこの旅に出る時の砂板の約束で砂漠の王が持たせてくれたのが、この剣と水筒、澪珠の3つだった。この剣には、俺を案じて砂漠にやって来た兄の魂が砂漠の王の法力で宿っている。だからきっと、先程の光や影は兄の霊力と砂漠の王の法力の現れ。この刃に付いている色石は、これまでの水鏡の旅で鏡に写し取った、この世の人々の苦と四季の姿だ。」


武尊は全てを話して聞かせた。


「そうか。にわかに信じがたい話だが、あの剣の法力を見ちまったから俺は信じるしかない。それに、お前が嘘を言っているようには見えなかったしな。」

兄貴の言葉に他の男たちも頷いている。


「ありがとう。疑わずにいてくれるだけでも嬉しいよ。だからあの剣は、砂漠の王の物だ。」


「なるほどな。それであんなに見事で美しいのか。分かった。だが、さっきの話で一つだけ解せない事がある。お前は〈十三の姿を全て写し取らない事には、出られない〉そう言ったな?」

「あぁ、言ったよ兄貴。今だって、新しい水鏡の入口をくぐって来たら紅葉の美しい場所に出て、山道を下って来たらこの村に着いたんだ。」

「だとすると、つまり俺たちも水鏡の中に居るって事なのか?」

「うーん。それは分からない。兄貴たちが水鏡の住人なのかどうか? それは俺には分からない。」


武尊も兄貴も答えが出ない。


「そうか。お前にも分からんのか。まぁ、いい。俺たちはずっとここで暮らしてきた。生まれた時からずっとな。しかもお前は白鹿の都、金樹から来たと言ったが、ここも白鹿国だ。白鹿の南東にある紅號フォンハオという村だ。」


「何だって? ここも白鹿なのか? 紅號村だって? じゃぁ、すぐそこが陽沈砂漠か?」

武尊は驚いて言った。


「あぁ、そうだ。よく知っているな。この村を抜け東へ進めば陽沈砂漠だ。」

「兄貴、本当か? 本当にここは白鹿なのか? じゃぁ、王の名を言ってみてくれ。今の王は誰だ?」

「今の王? そんなの白鹿の民はみな知っているさ。尊仁ズンレン王さ。」


武尊は、兄貴の口から出た名を聞いて安堵した。それは間違いなく父の名だった。


「だが・・・ 近々、退位するかもしれぬという噂が流れている。」

兄貴が思わぬ事を言い始めた。


「はっ? どういう事だ。尊仁王に何かあったのか? 都で何かあったのか?」


兄貴はひどく暗い顔をして話を続ける。


「どうやら金樹の都で病が流行っているらしい。風砂フォンシャの病だ。実は春に、この村でも風砂が起きたんだ。」


「その風砂というのは、どんな病なのだ? 兄貴、教えてくれ。」

武尊は、兄貴の腕をぐっと掴んだ。


「落ち着け、武尊。落ち着けったら。」

兄貴は、立ち上がった武尊を座らせてから自分も腰かけて続ける。


「風砂は、風に混じった砂のようにしてやって来る。その風を吸い込んだ者は、鼻や目から血を流したり唇が紅く腫れたり、高熱が出たりする。顔が青白くなり立ち上がれぬ者もいれば、肌が紅くなる者もいた。症状は様々だ。酷い者は息ができなくなり苦しんで、幾人も死んだ。」


「そんな恐ろしい病が今、金樹の都で流行っているのか・・・」

武尊の顔が一気に青ざめた。


「あぁ、そう聞いた。おそらく、この村まで来た風砂が海からの風にあおられ都の方へ流れたのだろう。夏から秋にかけてこの辺りじゃ、海からの風が強くなる。」

「そうか・・・ それで秋に金樹で・・・ でも、この村はどうやって、その風砂を乗り越えたのだ? 何か善い薬でもあったのか?」


兄貴が側に居た男の一人に小声で何か話すと、その男は家の中へ入って行き、小さな瓶を手に戻って来た。

 兄貴はそれを受け取ると、手の平に小さな粒を出して見せた。


「丸薬か?」

武尊が聞く。

「そうだ。これが風砂に効く薬だ。お前にやる。いずれ金樹の都に戻るのだろう? これを持って行け。」

兄貴は、小瓶ごと武尊に差し出した。


「よいのか?」

「あぁ、俺たちは、いつでもこの薬を作ることが出来る。だから心配ない。持って行け。俺たちは、常に材料を確保しているんだ。」


武尊は小瓶を受け取ると

「本当か? ならば頼む。この丸薬の作り方を、俺にも教えてくれ。頼む。」

兄貴にすがって頼んだ。


「まぁ、いいだろう。どうせ俺たちだって、作り方を教えてもらって助かったんだ。お前に教えない道理はない。」


「ありがとう。兄貴。助かるよ。でも、兄貴たちは誰に教えてもらったのかい?」


武尊が不思議に思って聞くと


「それがな、ちょうどその頃にこの村に着いた船に乗っていた、黄陽国から来た僧侶が教えてくれたんだ。船は蒼天国の交易船で、本当は朱池シュチの先の港に着くはずだったらしいが、潮に流されてこの村の浜に着いちまったんだと。」


「そうか。確かに紅號からなら蒼天の港は近いな。」

「あぁ。それでその時、その僧侶だけが船から下りて来たんだと。何でも船の中で夢を見て、観音様だったか如来様だったかに云われたらしい。船がまっすぐ蒼天には着かず紅號の浜辺に着く。そこで下りて村を救えと。その夢の中で、この薬の作り方も教わったってさ。目が覚めた僧侶は、手の中に砂漠のバラを握ってたって。」

兄貴の言葉に、武尊は澪珠と顔を見合わせた。


「澪珠、出して。」

武尊は、澪珠の巾着から砂漠のバラを出してもらうと兄貴に見せた。


「そうそう。それだ。砂漠のバラだ。お前たちも持っているのか。まぁ、あの僧侶は、砂漠のバラなんて名を知らなかったけどな。」

「その僧侶は、なんていう名だった?」


「何だったかな? 空心・・・ いや違う。空心様に会いに行く・・・ 天民。天民てんみん様だ。とても善い方だった。俺たちに薬の作り方を教えてくれただけでなく、病が落ち着くまで一緒に薬を作り続けてくれたんだ。だから、砂漠を越えた国境まで俺たちが送って行ったんだよ。」

「そうか。天民様か。善い方に巡り逢えたんだね。」


 武尊は、天民の名を胸にしまった。この水鏡を出て蒼天国に行ったら会えるかもしれない。そう思って。


「さぁ、来いよ。薬の作り方を教えてやる。」


兄貴は、ある家の中へと武尊を招いた。

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