第13話 刀剣の村

 武尊と澪珠が新しい水鏡に入ると、目の前に鮮やかな紅が飛び込んで来た。


「うわぁー。武尊、見て。緋色の羽衣みたい。鮮やかだね。」

そう言うなり澪珠は、緋色に染まった木々の枝を飛び回った。

「これは見事だ。美しく色付いた紅葉だなぁ。おーい、澪珠。あっちは黄色だぞ。」

武尊が呼ぶと、体中にいっぱい紅葉を付けた澪珠が戻って来た。


「おいおい。いっぱい葉が付いているぞ。背中を向けてみろ、取ってやるよ。」

武尊に言われて澪珠は背中を向けた。そして、自分は見える所の葉を取った。

「ねぇ、見て。これ、すごくきれいだよ。取っておこう。」

小さく美しい見事な紅い葉を一枚、澪珠は自分の巾着にしまった。


「よし、全部とれたぞ。おい、手を怪我してるじゃないか。」

武尊は、澪珠の手に布を巻いてやる。


「ありがとう。武尊。そうだ! 今のうちにこの秋の姿を写し取ってしまおうよ。まだ何も起こらないうちにさっ。」

「そうだな。よし。」


 武尊は秋の鏡を取り出し、辺り一面に広がる鮮やかな木々の紅葉を写し取った。秋の姿を吸収した光は鏡の中に納まり、小さな紫の石になって剣の刃に納まった。


「よし、完了。さて、これから何処へ行けばよいのか・・・」

「うーん。そうだね。とりあえず、あっち。あっちに行ってみようよ。」

二人は当てもなく歩き出した。


 風が吹くと木々の葉が舞い落ちる。紅と黄に染まった斜面の小道を下って歩く。日の当たらない場所は肌寒く、太陽が見える明るい場所に出ると暖かくほっとした。




二人がしばらく下ると、小さな村に出た。


 カツッ。シュウ。シャッ、シャッ。という音や、ジィコ。ジィジィ。という音が、あちこちから聞こえてくる。家の中や外から聞こえてくる。その音を聞きながらそーっと静かに村の中へ入って行くと、家が途切れ少し広くなった所で大きな丸太を切っている男がいた。その横には、打ち払った小さな枝を同じくらいの大きさに切り束ねている男がいる。


 武尊と澪珠は、彼らと目が合った。


「よう、兄ちゃん。新入りか? ここで働きたいのか?」

丸太を切っている男が、武尊に向かって声をかけてきた。


「いや・・・ 俺はその・・・ 働きに来た訳じゃなくて。その・・・」


武尊がおどおどして口ごもっていると、男は近寄って来て

「じゃぁ、何の用だい? 何しにこんな村へ来たのさ。」

と疑いの目で語気を強めて聞いてきた。


「えっと・・・ その、旅をしていて、この村にたどり着いたのです。」

やっとの思いで言葉を絞り出すと、


「旅とはまぁ、いいご身分だ。自由に飛び回っているって訳かい?」

男の言葉は皮肉めいていた。


「兄貴。こいつ剣なんか持ってますぜ。怪しくないですか? 何か企んでるのかも。」

枝を切り出し束ねていた男が言った。


 慌てて武尊は

「全く、何も。本当にただ、偶然、ここに着いただけで・・・」

と後ずさりすると、後ろから来た男に剣を奪われた。


「あっ、返してくれ。その剣は大事な物なのだ。兄の形見なのだ。」

武尊は、慌てて男に頼んだ。


 男は、剣を鞘から抜くと目を輝かせた。


「兄貴! こいつは見事な剣ですぜ。こんなに美しい剣は初めて見た。」

男は丸太を切っていた兄貴と呼ばれる男の方へ、武尊の剣を持って行った。

「ほう。こいつは見事だ。お前、この剣は兄の形見だと言ったな。お前は何処から来た? この剣をどこで手に入れた?」

兄貴は武尊に詰め寄った。澪珠は驚いて武尊の懐へ潜り込む。武尊は、両手で兄貴を制しながら、

「待ってくれ。待ってくれ。ちゃんと答える。答えるからまず、その剣を返してくれ。」

と後ずさる。


「いや、お前の話が先だ。剣を返すかどうかは、その後に決める。」

と兄貴は引かない。


 困った武尊は地面に手をついて、

「頼む。頼むから、その剣を返してくれ。ちゃんと話すから。」

と頭を下げた。兄貴はまだ、剣を手に武尊を睨んでいる。



 すると、剣に納められている八つの石たちが一斉に光った。そして、八つの光が強烈な大きな一つの光と小さな影に分かれた。大きな光は武尊を包み込み、小さな影は剣を通して兄貴の手に入って行く。

 黒い煙のような影が入り込んだ兄貴の手は、みるみる色が変わり黒くなっていった。兄貴は手を押さえて痛がり苦しみだすと、油汗をかいてその場にうずくまった。剣は兄貴の手から地面に落ちた。


 すると、剣は独りでに鞘に収まり武尊の元へ戻って行った。武尊が剣を取り元のように腰に帯びると、武尊を包んでいた光は解け、兄貴の手は元の色に戻り痛みも消えた。


「兄貴、兄貴。大丈夫ですか? 一体どうしちまったんです?」


武尊から剣を奪った男が、兄貴を抱き起こす。


「分からねぇ。突然、剣から黒い煙みたいな影が手の中に入って来て、強烈な痛みが起こったんだ。訳が分からねぇ。あの剣は妖剣か?」

「いっ、今はどうです? 手は痛みますか?」

「いや、もう痛まねぇ。いつもと同じだ。何ともねぇ。」


兄貴の周りに集まった男たちは、皆ほっとした顔で口々に安堵の声を上げた。


「おい、お前! 妖術使いか? 何者だ? あの剣は一体どういう剣なのか説明してもらおうか。」

兄貴は威勢よく言ったが、まだ手を押さえながら少しびくついていた。


「分かっている。ちゃんと説明するよ。」


武尊はそのまま地面に座って、一つ一つ説明を始めた。


「俺は、白鹿の都、金樹ジンシュゥから来た。名は武尊タケル。この猿は澪珠リンジュ。」

澪珠は、まだ怖がって武尊の懐に納まったまま顔だけ出している。


「実は、蒼天国に向かう途中で陽沈砂漠の砂流に飲み込まれてしまったんだ。」

「えっ。陽沈砂漠の砂流って言えば、飲まれて帰って来ない奴がたくさんいるって話ですぜ。兄貴。」

男の一人が言うと、

「あぁ、俺も聞いている。危ない所だと。だから白鹿から蒼天へは、遠回りでも海を使う者が多い。」

と、兄貴は言った。


「あぁ、兄貴の言った通り。あっ、とりあえず俺も兄貴と呼ばせてもらうよ。」

武尊の申し出に兄貴は、話の先を急ぎたい様子で流すように頷いた。


「そう。多くの者は、倍の時間をかけてでも海まで出て蒼天国へ向かう。商人などは、船の方が一度にたくさんの品を運べるし砂流の危険もないから善いのだろう。

 だが俺は、少数での蒼天入りだったし荷物らしい荷物もなく、時間も惜しかったから砂漠の道を選んだ。その結果、運悪く砂漠で砂流に飲まれてしまった。

 その時、部下も二人失った。俺と他に二人は、砂漠の王に助けられた。」


「はっ? あの砂漠の王か? 魔王とも、幸福の大王とも呼ばれている幻の・・・」

兄貴は目を見開いて乗り出した。

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