第12話 遺恨の清算

 すると、桃を食べている男の動きが止まった。様子がおかしい。男は喉を抑えて苦しんでいる。そしてそのまま、ふらふらと家の外へ出ると道端で倒れた。驚いた武尊と澪珠が家の中へ入って来て


「お婆さん、大丈夫? どうしたの? 何があったの?」

と大声で聞く。

すると奥からお婆さんが出て来て、二人に聞いた。


「あの男はどうなった?」


「あの男は、今急に出て来て道で倒れたよ。」

「そうかい。死んだのかい?」

「分からない。けど、倒れてる。どうしたのさ。何があったの?」


お婆さんはゆっくりと腰かけて話し始めた。


「あいつはね。三年前、私の娘の夫になるはずだった人を殴り殺したんだよ。」

「えっ!」

武尊は、あまりの驚きに言葉が出なくなった。


「娘はね、ずっと想っている人がいたのさ。とてもよい青年でね。私も大好きだった。二人が一緒になりたいって言うから、私も喜んでいたんだよ。三人で一緒に住んで桃畑の世話をしていくはずだったのさ。

 なのにある日、あの男がやって来て娘をくれと言い出した。もちろん追い返したよ。それでもしつこくやって来るから、娘たちに言ったんだ。都でも他の村でもいいから二人で逃げなさい。とね。

 だけど娘たちは、私と桃畑を心配して行かなかったのさ。それでも頼むから行ってくれと、準備をして送り出したんだ。そしたらあの男は方々探し回って、青年を捕まえて殴り殺し娘を連れて行こうとしたのさ。」


「なんてひどい男だ。それで娘さんは?」

武尊は声を絞りだし聞いた。


「娘は何とか振り切って逃げてきたが、ひどく絶望していてね。私に事の全てを話すと、川に飛び込んで死んでしまったよ。」

お婆さんは、涙をこぼしながら話してくれた。


「なんてひどい。誰もあいつを捕まえなかったの? そんなに酷い事をしたのに。」

「一度は捕まったさ。人を殴り殺したんだからね。だけどあの男は、金持ちの偉いさんの息子だから、役人も上手く丸め込まれちまって直ぐに釈放さ。」

「なんだよそれ。それじゃぁ、あの男のやりたい放題じゃないか。」


武尊は、ぐっと握った手に力が込こもった。怒りは、ますます込み上げて来る。


「仕方ないさ。金も権力もある家が強いんだ。だからね、この三年ずっとあの男を恨んで来たんだよ。娘と青年の敵を討つんだって。」

お婆さんは、まっすぐに武尊を見つめた。


「まさか・・・ お婆さんが、あいつにないかしたの?」


「あぁ、そうだよ。あの男に出したお茶に桃仁の毒を混ぜてやったんだ。今朝切って取り出したばかりの新鮮な桃仁をたくさんね。」

「もしかして、裏手に干してある桃の分全部の桃仁を?」

「あぁ、そうさ。それにね。前に都に行った時に手に入れた、この蛇の毒も一緒にね。一度で確実に敵を討つために。」


「お婆さん・・・」


「これでやっと、いつ死んでも悔いはない。もう、だいぶ歳も取ったしね。恨みに恨んだ日々からも、これでやっと解放される。あんた達、早く行きな。もう関わらない方がいい。お役人が来たら面倒だよ。」


お婆さんは立ち上がって、武尊たちを家の外へ出した。



 背中を押されるままに武尊たちは外へ出た。


「お婆さん、あんなに優しかったのに。あんなによい人だったのに。」

「うん。僕たちには、とても優しくて善い人だったよね。なのに心の中には、あんなに恨みを抱えていたなんて・・・ 武尊。こんな時だけど、鏡を出して。しっかり写し取らなくちゃ。さぁ、早く。お役人が来る前に。」

「あぁ、分かった。」


武尊は涙を拭って鏡を取り出した。



 怨憎の鏡を、泡を吹いて倒れている男に向けた。しかし、鏡から光は放たれない。


「なぜだ? 澪珠。光が放たれないぞ。」

「武尊、怨憎を抱いているのはお婆さんだからだよ。この男は、その怨憎を向けられただけ。お婆さんほどの怨憎は無かったんだ。怨憎だけでなく老いもお婆さんの姿だよ。」

「そうか・・・」


武尊は、再びこぼれそうになる涙をぐっと堪え、家の中でぼんやりしているお婆さんに向けた。


 すると怨憎と老いの二枚の鏡から光が放たれ、それぞれの光の中にこれまでの一連の姿が浮かび上がった。


 老いの光の中には、お婆さんの体を気遣う姿や人に助けてもらった場面が浮かんだ。

 怨憎には、道に倒れた男の姿や都で毒を買うお婆さんの姿。桃仁を取り出してすりつぶす姿まで浮かび上がった。やがて光は小さくなり鏡に吸い込まれた。そして小さくなった鏡は、怨憎は黒い石となり老いは橙色の石となり剣の刃に納まった。


「あんた達まだ居たのかい? 早く行きなさい。今日は本当に、ありがとうね。最後に嫌な想いをさせて、ごめんなさいね。さぁ、早く行っておくれ。」

お婆さんは、涙を浮かべながら微笑んで言った。


「お婆さん。桃、本当に美味しかったよ。ありがとう。じゃぁ、行くね。」

涙を堪えて笑顔で言うと、武尊は駆け出して行った。



 水車小屋まで来ると、兄の声がした。


「武尊、もう一度あのお婆さんの所へ戻るのだ。まだ、写し取らなければならない姿が残っている。」

「えっ? 兄上、どういう事ですか?」

武尊が剣に向かって聞くと、再び声がした。


「求不得の鏡があるだろう。その鏡に写し取るのだ。これから見る姿も含めて全てを。あの男とお婆さんの物語を最後まで見届けるのだ。」


その兄の言葉を聞いて澪珠は言った。


「武尊、もう一度戻ろう。やっぱりまだ、お婆さんも気になるし最後まで見届けよう。」

「分かった。」

武尊は澪珠を肩に乗せ、走ってお婆さんの家まで戻った。



 すると男はまだ道に倒れていて、お婆さんはお役人に連れて行かれるところだった。

「さぁ、武尊。鏡を。」


澪珠に言われて鏡を取り出すと、倒れている男とお婆さんに向けた。

鏡から光が放たれ、男がお婆さんの娘を連れて行こうとする姿や、お婆さんと娘さん、青年の三人が、桃畑の世話をする姿が写し出された。そして、光が吸い込まれ小さくなった鏡は、黄色の石になり剣の刃に納まった。


「あの男の求めたものも、お婆さんの求めたものも、両方とも手に入らなかったんだね。」

澪珠が呟く。


「あぁ、そうだな。ほんの少し縁の絲が違って結びついてたら、二人の求めたものは両方とも手に入っていたのかもしれないな。」

「うん。武尊の言う通りかもしれないね。あのお婆さん、どうなってしまうんだろう・・・」

「どうだろうな。怨念にかられ従っちまったからな・・・」


やるせない心をどうする事も出来ず、武尊はその場を動けずにいる。


「行こう。武尊。」


澪珠が武尊の頭をポンポンと二度叩いた。


 武尊は、澪珠の手を取り微笑むと、とぼとぼと歩き始めお婆さんの桃畑まで来た。


「この美味しい桃は、どうなっちまうんだろうな・・・」

二人は、主を失ってしまった桃畑を眺めた。

「うん。もう世話をしてくれる人がいなくなっちゃったね。このままじゃ勿体ない。きっと、あの市場の人が何とかしてくれるよ。だって、とっても好きそうだったもん。お婆さんの事もこの桃の事も。」

「そうだといいな・・・」


二人は再び歩き出し、水車小屋の前まで来ると座り込んだ。


「澪珠、桃、食べようか。」

「うん。食べよう。」


二人はお婆さんからもらった桃を、ただ黙って食べた。食べ終わると、澪珠は桃の種を水車の水で洗った。


「どうするんだ? その種。」

武尊が聞くと、

「とっても美味しい桃を武尊と一緒に食べた想い出に取っておくんだ。僕の宝物にするんだ。この中に入れておく。」

澪珠は嬉しそうに桃の種を三粒、自分の紅い巾着にしまった。


「可笑しな奴だなぁ。澪珠は。桃の種を宝物だなんて。そう言えば、その巾着、最初に逢った時から下げているけど中には何が入っているんだい?」


澪珠はにこにこしている。

「この中にはね、旅に出る前に砂漠の王がお守りにってくれた‘砂漠のバラ’が入っているんだ。」

「砂漠のバラ?」

「そう。砂漠のバラだよ。」

澪珠は巾着から、砂漠のバラを取り出して見せた。


「えっ? バラって言うから花だと思ったら何だいこれ。石か?」

「うーん。石っぽいけど、どちらかと言うと砂だね。砂漠の砂が固まってこうなったの。美しいでしょ。魔除けになるんだって。砂漠を旅する人が持ち歩くらしいよ。」

「へぇー。砂かぁ。面白い物があるのだな。」

澪珠はにこにこしながら、砂漠のバラをまたしっかりと巾着にしまった。



 そして、武尊の剣に目を向け、

「随分と色石が納まったね。もう七つだよ。」

と刃の色石に触れていると、

「澪珠、刃物だから気を付けろよ。七つ・・・ 半分か。あともう半分、頑張ろう。」

いつもの笑顔を見せて、武尊は言った。


「うん。頑張ろう、武尊。あっ! 見て。新しい水鏡が現れたよ。」

澪珠が指差す先に、新しい鏡面への入口が浮かんでいた。

「あぁ、本当だ。よし、行くか。」


武尊は立ち上がり、二人は水鏡の入口へと向かった。

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