第10話 初めての桃園
武尊と澪珠が水鏡の入口を抜けると、強烈な日差しに目が眩んだ。
「うわっ、眩しい。それに暑い。」
「武尊、夏だね。暑ーい。」
「あぁ、そのようだ。冬から夏はつらいなぁ。これでは干からびちまうよ。」
「うん。やっぱり季節は順番通りがいいね。そうだ。お水。お水ちょうだい。武尊。水筒があったでしょ。」
武尊が肩から下げていた水筒を振ると、何の音もしない。中は空っぽだった。
「ごめん。無いや。空っぽだ。」
「えー。無いの? あっ、武尊。あっちに水車が見えるよ。きっと水があるはず。行こう!」
澪珠は一目散に水車に向かって走り出した。
「澪珠ー。気をつけろよー。」
武尊も後を追った。澪珠は水車の歯車に飛び乗って、上手に回している。
「武尊、見て。足が冷たくて気持ちいいよ。」
「こら、下りて来い。挟まったら大変だ。それより水を飲みたいのだろう?」
「うん。もちろん。この水、美味しかったよ。さぁ、水筒を貸して。僕が汲んであげる。」
武尊が水筒を投げ渡すと、澪珠は上手に受け取り水車の歯車からこぼれる水を上手に汲んでくれた。
「はい、どうぞ。」
「ありがとう。澪珠はもういいのか?」
「うん。僕はもう飲んだから。これは全部、武尊の分だよ。なくなったら、また汲んで来るから言って。」
澪珠はにこにこと笑って、ちょっと得意気に言った。
「あぁ、ありがとう。」
武尊はさっそく水筒の水を飲んだ。
「あぁー。美味い。生き返る。」
「ねぇ、美味しいでしょ。飲んだら貸して。この暑さだから水筒を一杯にして行こう。」
「そうだな。この暑さだものな。この先は少しずつ飲まないとな。次に水があったら、また汲むとしよう。」
澪珠は頷き武尊から水筒を受け取ると、また水車から水を汲んだ。
喉を潤した二人は歩き出した。道は乾き照りつける太陽の熱で焼けている。その道の先に、緑色の塊のようなものが見えてきた。
「武尊、あれは何だろう? 森かな?」
「うーん、何だろう? 行ってみよう。」
二人は、見えている緑色の塊を目指して歩いて行く。
近くまで来ると、その緑色の塊の正体は木の葉だと分かった。そこは、幾本もの木が植えられている畑だった。
「見て。桃だ。桃だよ。」
澪珠は、武尊の肩の上で飛び跳ねた。
「おい、澪珠。やめてくれよ。危ないぞ。」
「あぁ、ごめん。こんなにたくさんの桃がなっているのを初めて見たよ、僕。すごいね。」
「俺も初めて見た。俺が育った場所は雨が少なくて、あまり農作は盛んではなかったから。」
「そうなのか。なぁ、武尊。果物って、実る時季が決まっているのだろう? 桃が今実っているって事は、夏で間違いないよね?」
「確かに。さっきの冬は何も無かった。この強烈な日差しと実った桃畑は、夏で間違いないな。この姿を写し取ればよいのか?」
「やってみようよう。早く鏡を出して。夏の鏡を出してよ。」
「よし、やってみよう。」
武尊が夏の鏡を取り出し、桃畑に向けると光が放たれた。それを見た二人は、喜びと安心で笑顔になった。
放たれた光の中に、強烈な日差しと水車小屋の前で喉を潤す先程の武尊と澪珠の姿もあった。それにこの桃畑と桃の木に止まった蝉の姿と、夏の姿が次々と浮かび上がった。そして光は鏡に吸い込まれて、やがて小さくなると緑色の石になり剣の刃に納まった。
「やったね。武尊。これで夏の姿は写し取れたよ。」
「あぁ、よかった。」
「それにしても、いい匂いだね。甘い匂いがする。」
澪珠は甘い匂いにつられて、桃畑の中へ飛び跳ねて行った。
「おい、澪珠。だめだぞ! 戻って来い!」
武尊が呼び戻そうと強く大きな声で言ったが、澪珠はお構いなしに木々を渡り畑の奥へ見えなくなった。武尊は仕方なく道端に座って、澪珠を待つ。お尻が焼けるように熱い。
「こりゃだめだ。とてもじゃないけど座ってられないや。」
と慌てて立ち上がると、澪珠も慌てた様子で戻って来た。
「武尊、大変だよ。お婆さんが倒れてる。来て! 早く来て!」
「何だって! 分かった、今行く。」
武尊も慌てて駆け出し、澪珠に付いて行った。
すると、畑の真ん中でお婆さんが倒れている。
「お婆さん! 大丈夫ですか? しっかりして。起きて。」
武尊が、お婆さんを抱き起こし肩の辺りを軽く叩く。
「どうしよう。武尊。死んじゃったの? お婆さん、死んじゃってるの?」
「いや、まだ生きている。きっと気を失っただけ。お婆さん! 起きて!」
武尊は呼びかけ続けた。だが、お婆さんは目を覚まさない。
「そうだ、武尊。お水。お水をかけてみたら? 冷たくて起きるかも。」
「うん。やってみよう。」
武尊が水筒の水を少し手に取り、お婆さんの額と頬にかけた。
すると、お婆さんの顔が一瞬ゆがんだ。
「お婆さん! しっかり。しっかりして! 起きて!」
武尊が肩を叩きながら大声で呼びかけると、目が開いた。
「あっ! お婆さん。しっかりして。」
「あぁ・・・ あぁ・・・ すみません。嫌だわ、私。気を失ってしまったのね。ごめんなさいね。ありがとう。」
お婆さんは生気を取り戻し小さな声で言った。
「そのようです。澪珠が、この猿が見つけて僕を呼んだんです。善かった。目を覚ましてくれて。さぁ、よかったら水を。手を出して。」
武尊は、水筒からお婆さんの手に水を注いだ。
「あぁ、美味しい。生き返ったわ。ごめんなさいね。迷惑かけてしまって。ありがとう。助かったわ。あなた達は何処から?」
「あー、俺たちは旅をしていて、桃畑が珍しくて見てたんです。」
「あら、そう。桃畑が珍しい?」
「えぇ、とっても。」
「そう。じゃあ、しっかり見て行って。よかったら桃も食べてみる? 私の畑の桃は美味しいのよ。」
澪珠は飛び上がって喜んでいる。
その様子に武尊も
「ありがとうございます。ぜひ。」
と笑顔で言った。
お婆さんの横には、桃がいっぱいに入ったカゴがあった。それにまだ、空のカゴが二つ並んでいる。
「桃を採っていたのですか?」
「えぇ、そうなの。今日は昼過ぎに都の市場の人が取りに来てくれるから、それまでにたくさん採っておきたかったのよ。だけど、途中で気を失っちゃったのね。もう歳だわ。だいぶ老いてしまった。出来なくなる事が毎年毎年、増えてしまう。仕方ないわね。」
お婆さんは、少し悲し気に笑いながら言った。
「お婆さんの家は、ここから近いの?」
「えぇ、そう遠くないわ。まだこの歳でも荷車を引いて歩けるくらいの場所よ。」
「そうか。なら、まだ昼までに間に合うよ。俺たちが手伝うからたくさん採って帰ろう。荷車も俺が引くから安心して。」
武尊が元気いっぱいの笑顔で言うと、お婆さんが、
「いいのかい? 助けてもらったのに、更に迷惑をかけてしまうよ。」
「いいから、いいから。手伝わせてよ。俺は武尊。この猿は澪珠・・・ は、さっき言ったか。」
武尊が照れ笑いをしていると、お婆さんも微笑んでいる。
「いいのよ。歳を取ると幾度も同じ事を話すし、幾度も同じ事を聞いてしまうわ。でも今日は、しっかり覚えたわ。あなたは武尊。あなたは澪珠ね。では、お言葉に甘えてお願いするわ。紅く色付いた大きな実を、そっと優しく採ってね。」
「うん。分かったよ。じゃぁ、カゴを借りるよ。」
武尊はカゴを掴むと桃を木からもいだ。優しくそっと慎重に。一つずつ丁寧にカゴに入れた。
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