第7話 砂漠の約束
武尊の言葉を受け、砂漠の王は穏やかに言う。
「武尊よ。お前はこれからこの水鏡の中のもう一つの世へ行き、この十三の鏡に十三の姿を写し取って来るのじゃ。人にとって大切な四季と八つの苦、そして一つの光の姿を。」
「何だって? 十三の姿を写し取るだって?」
「そうだ。お前たちが日々を過ごしている季節の姿。八つの苦とは、生老病死。愛別離苦。怨憎会苦。求不得。五蘊盛苦のことだ。」
「そういえば聞いた事がある。生老病死は分かる。俺たちが産まれ生きるなかで、病にもなり老いて死ぬ。人の一生の姿だ。だが、後の四つは難しい。俺には分からぬ。教えてくれ。」
「そうだな。まだ若く王家で育ったお前には難しいであろう。今、教えておこう。
愛別離苦は、どんなに親しく愛しい者でもいつか必ず、別れなければならない苦しみだ。とても大切なものを失う苦しみのこと。
怨憎会苦は、会いたくもないと思うほど憎しみや恨みを抱いてしまう人とも出逢ってしまう苦しみのこと。
求不得は、己が欲するものが手に入らない苦しみ。望むものが叶わぬ苦しみじゃ。そして五蘊盛苦は、己の心体が感じる物を受け止めそこで想い考え、覚悟して行うことに執着する苦しみのこと。
これが八つの苦しみじゃ。分かったな? そして一つの光。これで十三すべて。さぁ、この十三の鏡に十三の姿を写し取って来るのじゃ。」
「待ってくれ。最後の一つの光とは何だ?」
「あぁ、それは水鏡に入ってから。時が来たら話す。」
「分かった。」
「それから一つ言っておこう。この水鏡に入れば、お前が白鹿国の皇子である事を知る者は誰一人おらぬ。皆、お前をただの若造だと見る。何事も己で決め、己の力で行わなければならぬぞ。」
「面白じゃないか。この試練を最後までやり遂げれば、白鹿へ、父上の元へ帰してくれるのであろう?」
「あぁ、もちろん。それは約束する。お前が最後までやり遂げさえすれば、必ず白鹿へ帰してやる。そしてお前は、時が来たら王に成るのだ。」
「俺はやる。そして白鹿へ帰る。その水鏡の世とやらに行ってやる。十三の姿を写し取って来てやる。」
武尊は勢いよく言った。
「ならば、ここに砂板が三枚ある。水鏡に入る前に、欲しい物があれば書きなさい。旅の供に持たせよう。」
砂漠の王の声が止むと、武尊の足元に砂板が三枚現れた。武尊は座り込んでしばらく考えた。
そして、一枚には〈友となる猿一匹〉と。二枚目には〈水を入れる水筒〉と書き、三枚目には〈身を護る剣〉と書いた。
「書いたぞ! これでよい。」
砂板を手に武尊は叫んだ。
「この三つでよいのだな。」
再び砂漠の王の声が聞こえた。
「あぁ、その三つを持たせてくれ。俺は、その三つの物と共に水鏡の世の十三の姿を写し取って来てやる。」
武尊が答えると、
「ならば行け。すべて写し取ったら、また会おうぞ。」
と砂漠の王の声が聞こえ、武尊の目の前に可愛らしい子猿と水筒、立派な剣が現れた。
「さぁ、それらと共に水鏡へ行け。もう一つの真実の世へ。人々が幻鏡と呼ぶ世へ。その水鏡の十三の姿を、この鏡に写し取って来るのだ。」
それが砂漠の王の最後の声だった。
武尊の足元に十三の鏡がある。その鏡を一つ一つ拾い上げ風呂敷に包み背負う。今、武尊の目の前には、水で出来た幕のような鏡が浮かび上がっている。
「あれが水鏡の入口か。」
武尊は水筒を肩から下げ剣を腰に帯び、子猿の手を取ると水鏡へ飛び込んだ。
水鏡の中に入るとそこには、それまで見て来た世と変わらぬ世の景色があった。特に不思議な所もない。よく知るいつもの世に見えた。武尊は少しほっとして、この旅の唯一の友である子猿に、
「今日から俺たちは友だ。よろしく。俺は、
子猿は首を傾げている。
「やはりしゃべれぬか・・・」
と残念そうに武尊が呟くと
「私は、
子猿が声を発し、言葉をしゃべった。
「なんだ。しゃべれるのか?」
武尊が一転、嬉しそうに言うと、
「えぇ、ここは水鏡ですから。幻想の世でもあり、真実の世でもある。ですから私も、あなたと話すことが出来るのです。あなたは今、私と話したい。話せるだろうと思ったでしょう?」
「あぁ、思ったよ。この旅の友だから話せると。これからの試練を越えて行く助けになってくれる友だと信じていたから。」
「だからです。だから私とあなたは、こうして話せるのです。」
「なるほど。そういう事か。ならば安心だ。だが、水鏡の中は特に変わった所もなく同じ世のようだが・・・」
武尊が疑問に思っていた事を聞くと
「えぇ、ここは幻鏡。もう一つの世。水鏡の外の世と風景も人々もすべて同じ。ただ違っているのは、人々の考えや想いの力が外の世界より強い事です。感情は増幅され実現するのは早く、何処へでも直ぐに移動する事が出来ます。」
と、小猿は話した。
「そうなのか。よく知っているのだな。澪珠は。」
「あなたと水鏡に入る前、砂漠の王に呼ばれた時に教えられました。あなたがこの水鏡で十三の姿を写し終えるまでに必要な最低限の事は、砂漠の王が教えてくれました。安心してください。」
子猿は微笑んだ。
「そうだったのか。砂漠の王め。俺には何も教えなかったのに。まぁ、よいか。澪珠が知っているなら大丈夫。我らは共に旅し、ここを共に出るのだから。」
「えぇ、最後までお供致します。さぁ、一緒に頑張りましょう。」
「あぁ、頑張ろう。」
武尊は澪珠の手を取ると、抱き上げ自分の肩に乗せ歩き出した。
水鏡の旅。十三の姿の試練が始まった。
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