神秘の陽沈砂漠

第6話 白鹿国の第二皇子

 蒼天国の西の国境には、隣の白鹿バイルウ国との境を明確にする陽沈ヤンツェン砂漠が南北に広がっている。この砂漠はどちらの国にも属さない禁領区だ。この陽沈砂漠では、年に数回砂流が起こる。この砂流に飲み込まれると帰らぬ人も多く、砂漠の旅は人々に恐れられている。



 「武尊、武尊よ。目覚めよ。」


低く力強い声がして、武尊が目を覚ました。そこは静かな砂漠だった。


「武尊よ、お前は今のままでは王には成れない。もっと心と体を鍛えよ。」

その声は言う。


「何を言っている。私は王になど成らぬ。王に成るのは兄上だ。皇太子である兄上だ。俺はその弟、白鹿の第二皇子だぞ。お前は誰だ! なぜそのような事を申す!」

と、武尊は立ち上がった。


「確かに、お前は第二皇子だ。だが、白鹿の王位を継ぐのは武尊、お前だ。

 今、白鹿の西で川の氾濫が起き領土が荒れている。溢れた水は新たな川となり、水のない白鹿の中へと流れ込んでいる。その流れと混乱に乗じて西域の賊が財宝を求め白鹿を襲い、軍を率いて討伐に出た皇太子は負傷し命を落としたのだ。」


その声は、淡々と武尊の兄の死を告げた。



「嘘だ! そんなの嘘だ! 俺が国を出た時は西域も穏やかだった。白鹿も穏やかだったぞ。」

「その通りだ。だが今年は嵐が早く、お前も砂流の時季を見誤った。だから今、砂流に飲まれ供の部下を失いここにいるのだろう?」


その声が話した事を頼りに、武尊は記憶をたどった。砂流に飲まれ気を失う前の記憶を。




 毎年、桜が散り若葉の頃を過ぎてから ‘砂漠の嵐’ は起きる。だから武尊たちは、桜が咲く前に砂漠入りし、嵐の前に砂漠を抜け蒼天国に入るはずだった。そして、蒼天の西方にある浅石村一帯で行われた治水事業を視察し、その技術と方策を学ばせてもらう事になっていたのだ。


 白鹿国は水のない国。乾いた土の国だ。だから雨は貴重な資源。その雨水を有効に利用するための術として、蒼天国の西に在る浅石チェンシ村を救った治水の知恵を借りようとしたのだ。

 蒼天は、蒼き水の国。水が豊かにあり、その恵みを敬い十分に恩恵を受け暮らしている。だから水の事は、よく心得ている国だ。幸い蒼天国の泰極王の許しを得る事ができ、意気揚々と白鹿を出発してきた武尊だったが、陽沈砂漠で不運にも時季外れの砂流に飲まれてしまった。


「嘘だ。兄上が死んだなんて、嘘だ。」

武尊が誰もいない砂漠で叫ぶ。


「ならば、これを見よ。」

低い声は、大きな水鏡を見せた。


 その水鏡には、白鹿の城が写し出された。城には灰色の服を着た人々が並び、棺の前で泣いている。

「あっ、父上。父上、何があったのですか?」

武尊は、水鏡に向かって叫んだ。


「武尊よ、お前の声は届かぬ。あれはお前の兄の棺。兄の葬儀じゃ。」

「まさか・・・ これは幻だ。幻を見せているのだろう? お前は誰だ? 何をしようとしている?」


「幻ではない。今の白鹿の城の姿じゃ。よく見るがいい。白鹿は今、皇太子を失い悲しみに暮れているのだ。まだ王が存命なのが幸い。次の王は、武尊、お前しかいないのだ。

 だが今は、お前も砂流に飲まれ行方不明との報が白鹿に伝わっている。今、王は二重の悲しみに覆われているのだ。」


武尊は水鏡に近付き、

「父上! 私はまだ生きております。すぐに白鹿へ戻ります。父上・・・」

と叫んだ。


 しかし、低い声は言う。

「ならぬ。今のお前が戻ったところで、将来の王には成れぬ。それに・・・」


「お前は誰なのだ! 何の権限があって俺を拘束する!」

「ほう、威勢のよい事だ。ならば教えてやろう。私はこの陽沈砂漠の王だ。この砂漠を通る全てを見定めている。今、お前の生死は私の手の中にある。お前が生きて白鹿へ戻れるか否かは、私の心次第。

 お前はこれから言う試練を乗り越えなければ、この砂漠から出る事も白鹿へ帰る事も出来ぬ。」

「何だって! お前が砂漠の王だと? 砂漠の王は幻だと、ただの伝説だと思っていた。誠にいたのか・・・」


武尊は、驚きのあまり力が抜け膝を付いた。


「はははっ。この通り確かにおる。この陽沈砂漠は、極めて危険な場所だ。嵐が起こり砂流が人を飲み込む。ここを越えようとする者は、その砂流が起こることを覚悟して挑まなければならない。お前もそうであっただろう?」


「あぁ、もちろんだ。俺だけじゃない。共に参った部下たちも皆そうだ。」

「分かっておる。だからこそ、一人は白鹿へ帰し一人は蒼天へ向かわせた。それぞれに役目を果たすであろう。」

「ならば俺も、すぐに白鹿へ帰してくれ。父上を支えなければ。」

「ならぬ。お前が今戻っても、出来るのは王を慰める事だけだ。支える事など出来ぬわ。」

「なんだと! 確かに俺は、まだ未熟だ。だが・・・ そうだ! その為に泰極王の許しを得て、蒼天国の知恵を持ち帰り白鹿に尽くそうとしているのだ。」


「はははっ。確かにそれは白鹿にとって一つの力となる。

 だがな、圧倒的に足らぬのだ。お前は、これから話す試練をやり遂げた後に蒼天の北の都玄京へ行き、泰極王に会い共に龍峰山へ行け。お前が白鹿へ戻るのはそれからだ。」

「ふん。どうせこのままでは砂漠からも出られぬ。あい分かった。その試練とやらを教えてもらおうか。」


武尊は覚悟を決め、砂漠の王に挑むように言った。

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