第5話 獅火と紫雲

 黙ったまま目を見開いた泰極王の横で、驚いて聞いた伴修に龍鳳はにこやかに笑って答える。


「うむ。伴修、そうなのじゃよ。紫雲は生まれた地に商の質、蠍の赤星じゃな。これを持ち、天には参の質、鼓の三ッ星の質を持つ機に生まれたな。」

「はい、確かに。夜空に鼓の三ッ星、参が上がっておりました。」


「うむ。つまり紫雲は、地から参を見上げる商のごとき鋭い眼と天狼を従える手腕を持ち合せて生まれたのじゃよ。これまた、なかなかに鋭く手厳しい娘ぞ。むふふっ。」

「はぁ・・・ 確かに。まだ三歳ながら大人も驚くほどの洞察眼を持ち、時々手厳しい事を申します。」


「むふっ。そうであろう。そうであろう。その質こそが、獅火にとって必要なのじゃ。将来の大獅子を刺し天狼を従えるがごとく諫める事が出来るのは、紫雲しかおらぬのじゃ。深く変わらぬ愛を持ってな。」

「なるほど。それは頼もしい。ですが、それでは獅火が紫雲に添いますでしょうか?」

泰極王は、やりこめられた獅火が紫雲を避けるのではと案じた。


「はははっ。泰極王、心配ない。獅火の強い質に普通のしとやかな娘では日々の会話ですら務まらぬ。紫雲は獅火にとって好敵手。それでいて愛くるしい娘。添わぬ訳がない。惹かれぬ訳がない。」

龍鳳の言葉に、泰極王は安堵し大きく頷いている。


 それに共に頷きながら伴修も

「なるほど。ならば私も安心しました。我が娘が、王家の皆様を困らせる事になるのでは? と内心案じておりました。」

「いやいや、伴修。安心せい。獅火には紫雲しか添えぬ。いずれ当人同士が一番よく分かるであろう。互いの中に同じ質を見ることになる。」

「そうであれば、この上なき良縁。龍鳳様、唯幻合輪はどのように子らに託せばよいのでしょうか?」


「おぉ、泰極王。そうじゃった。まだ話しておらなんだな。忘れるところだった。」


龍鳳は、一つに繋がっている唯幻合輪を二つに分けた。


「まず、この赤い石の付いた輪は獅火に。この蒼い石の付いた輪は紫雲に。それぞれ左腕に通せ。この二人は腕白ゆえ泰極と七杏のように、大人しく首から下げてなどおれぬ。いつ失うか分からぬ。

 最も、紅真導符と同じく身から離れても一夜で戻るがな。まぁ、腕に通しておくのが安心じゃ。法力でぴたりとはまっておるからな。外すには龍峰山の法力が必要じゃ。」


「では、娘の腕に通せばよいのですね。」


「あぁ、それでよい。ただし、時が経てば世の流れも人の心も変わる。そなた達の子らは、少し違った質で生まれておる。

 それ故、婚姻も自分の心で決めると言うであろう。どんなに互いに想い合っている相手でも、親の決めた許婚では反発もしよう。

 六年後、獅火が十三歳になり紫雲が九歳になった時、一度外しに参る。その時二人の心を確認し、改めて情絲の法力を強めて再度身に付けさせる。さすれば、その情絲を守るために二つの輪は強烈に引き合う。」


龍鳳は言い終わると、深く一つ息を吐いた。



「龍鳳様にそこまでのお手を掛けて頂き、有り難い限りでございます。」

と、泰極王が深々と頭を下げた。


「なに、泰極王。将来の蒼天の為じゃ。まだまだ、この龍峰山も大切に保ってもらわねばならぬからな。」

「誠に、感謝致します。」

伴修も頭を下げた。


「よいよい。そなた達も立派に親になったのだなぁ。喜ばしい事よ。」


泰極王と伴修は、顔を見合わせて笑った。


 龍鳳は、二人に其々の唯幻合輪を渡すと

「さぁ、さぁ。夜も更けた。早く戻りなさい。戻って子らに付けてあげなさい。」

と言い残し、姿を消してしまった。泰極王と伴修は唯幻合輪を胸にもう一度、岩場の祭壇に向かい深々と頭を下げると下山し家へと帰って行った。




 それぞれ家に戻ると、心配しながら待っていた妻にことの次第を話し唯幻合輪を眠っている我が子の腕に通した。


 獅火の輪は、二の腕の辺りですぅーと腕に吸い付くようにはまった。そして、紅い光を放ち獅火を包み込むと光は再び輪の紅い石へと消えた。紫雲の輪も二の腕の辺りでぴたりとはまり、青い光を放ち紫雲を包んだ。そして、しばらくして光は輪の青い石へと消えた。



 翌朝、自分の腕の輪に驚いた子らは、それぞれ親たちに見せ何かと聞いた。泰極王は、

「それは龍峰山の神仙様がくださった物で、獅火の身を守ってくれるお守りだ。大事につけておきなさい。」

と言い、

「すごいね父上。英雄みたいで恰好いいね。ありがとう。」

と獅火は喜んだ。



 紫雲はというと、

「父上、それは誠の話ですか? 私は大きくなったら、お姫様になれるのですか?」

「あぁ、そうだよ。これは紫雲がお姫様になる時までのお守りなのだ。しっかりと身に付けておくのだよ。」

と言われ、にこにこと喜んでいた。


 こうして幼き二人の情絲は、秘かに守られその成長を待つ事となった。

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