第25話 魔源

 周辺の偵察を終えたニケとエディは、部屋に戻って話をしていた。


「魔法の使用において、得意とする属性は人それぞれ違うものとなるんだ。基本的に魔法を使う事が出来る者は、全ての属性の魔法を使う事が出来る。しかし、全ての魔法を完璧に使いこなす事は出来ない。


「なるほど……。エディが得意な属性は何なの?」


 ニケの質問にエディは顔を上に向け、自慢げに答え始める。


「おう!俺は火属性が得意だ!剣やランスに魔法を付与することも出来る。砂漠での戦いで少し見せちゃったっけかな?」


「ああ〜。あれか〜。」


 エディの返答に、ニケはわざと驚いていないように納得して見せた。大して驚いていないニケの素ぶりを見たエディは、不服そうな顔付きでたたずむ。


「あの技はかなり難易度が高いんだぞー!」


 ニケはこちらを細目で見てくるエディに対して、半笑いで応答する。


「あはは……。確かに、見るのとやるのでは大違いかもしれないね。」


「そうだぞ!俺だって習得するのに一年はかかったんだからな!ニケはまだ魔法の使い方すら知らないんだから、時間はもっとかかるだろうな!魔法を使うにしても、多少なりとその知識が必要になるからな。」


 魔法の奥深さを垣間見たニケは、気を重くしながらもエディに教えを請う。


「……エディ、お願い!僕に魔法の使い方を教えて!」


「よろしい!じゃあまずは理解するところから始めよう!」


「……理解?」


 布団の上であぐらをかいたエディは、手を前に差し出した。すると天井に向けられたエディの手の平から突然球体のようなモノが現れた。それは透明でありながらも、どこか存在感を放つ水分の塊の様なものであった。


「こっ、これは……?」


 ニケは、球体の様な何かを不思議そうに見つめ、色々な角度から観察をする。


「これは魔源だ。」


「ま…げん?」


 ニケが不思議そうに眺めている間も、その物体はウネウネと動き続け、形を変えていた。


「ああ。これが、魔法の素みたいなものだな。魔源を生み出す為には魔力が必要となる。」


「……へえー、どっ、どうすれば魔源をそんな風に出せるようになるんですか?」


「イメージだな!まず初めに、魔力という名の生命エネルギーが壺の形をした入れ物に入っていると考えてみるんだ。」


 ニケは嫌な予感がすると言いたげに顔を歪め、エディの話を聞いていた。


「二番目に、そこからコップ等を使って少量をすくい取るイメージで、使う魔力の量を決める。

三番目に、その魔力を飲んで体全体に行き渡らせるようにイメージする。そこまでうまくいくと、現実でも身体が少しオーラを纏うようになる。

四番目に、体にまとった魔力を消費するかのように体に力を入れる。

五番目に、消費した魔力で空気中の魔源を集めるようイメージする。」


「……はい。」


 エディの説明は、毎度の事ながらニケの頭を混乱させていた。


「五番目だが、ポイントは空気中に水分があると想像することだ!それをぎゅーっと集める感じだな。小さな水の粒がだんだんと集まり、液体になっていくイメージだ。」


「……はっ、はいっ!」


「凄腕の魔法使いは、これを絶やさず行う。だから、彼らは常にオーラを纏っている状態となる。」


――みんなはこんな難しい事をあの瞬時にやっているんだ……。


 ニケは、見よう見まねで手の平を前に差し出し、目を閉じた。


――魔力が入っている壺を想像する…か〜。そんな簡単に出来るのかな〜。


 ニケが入れ物を思い浮かべようとしたその瞬間、それは起こった。


「ドクンッ!!」


 ニケの視界には、現実ではない光景がフラッシュバックするかの様に次々と映し出されていった。


「ザーー!ババッ!バババ!」


「なっ!えっ!?……なに、これ!?……エディっ!!こっ!これはなにっ!?エ…ディ……」


 様々な光景が映るに連れて、ニケの意識は段々と薄れていった。視界が真っ暗になった直後、遠くから知らない人の声がうっすらと聞こえ始める。


「……本当にいいのかい?」


「ええ……。」


――だ……れ……?


 ボヤける視界の中、正体不明の目の前に立つ人間の手が、横たわるニケの頬を優しく撫でる。


「ザザーッ!ババッ!」


 ニケの視界は、様々な景色を写し続けた。その所々で、強い印象を与える映像が、ニケに対して何かを強く訴えていた。次に映されるのもその内の一つであった。


「キンッ!カンッ!ドスッ!」


 二人の男が見知らぬ城の広場で剣を交えていた。片方の男は相手の剣を弾き、その者の腹に剣を突き刺した。


「ぐっ!!……こっ、これで本当にいいのか!?お前はーー!!」


「俺が決めた事だ!……悔いは無い!」


――い…いったい、なにが……?


 ニケには何が起きているのかさっぱり分からず、ただただ混乱するしかなかった。


「ザザーッババッ!」


「私は信じてるよ……。」


 ニケが声の聞こえた方を向くと、そこには一人の小さな女の子が立っていた。その子はこちらを向いたまま、囁くように喋り始めた。


「ノアの方舟は存在する。私達は繋がっているから……。どんなに離れていても……。」


――きっ…君は……だ…れ……?


「待ってるから……。」


――方舟?…君は……誰なの!?


 女の子は、ニケの必死な叫びにはうんともすんともせず、寂しげな表情でこちらを見ながら喋り続けていた。


「扉は開かれている。」


――ねぇ……お願いだから…答えてよ……。


「あなたは守られている。特別なの。」


――くっ……。


 こちらの問いには一切反応してくれないと判ったニケは、途方に暮れ跪き下を向いていた。


「だから、ね?''ニケ''。」


「ビクッ!」


――えっ!?……今、僕の名前!?


 ニケは突然の出来事に驚きを隠す事が出来なかった。何度も喋りかけたにもかかわらず、一切反応してくれない女の子。その子がいきなり自分の名前を呼んだのだから無理もなかった。ニケが慌ててその女の子を見ようとした瞬間、急に目の前が光に包まれ始め、視界を徐々に遮っていった。


「待って!!君は誰!?」


「約束の地で。」


 ニケは必死になって女の子に叫び続けるが、彼女には相変わらず何も聞こえていないようであった。


「待って!お願い……ねえ……おね……が……」


 視界が光で満たされた時、自分を呼ぶ聞き慣れた声をニケは聞いていた。


「おーい。ニケー。どうしたー?」


 気づくとエディが目の前に立ち、顔の目の前で手を振りながらこちらに呼びかけていた。


「……エディ?……僕……。」


 呆然と佇むニケを不思議そうに見つめるエディは、何事も無かったかのように喋り始める。


「難しかった?もっとわかりやすい説明……ん〜あるかな〜。」


「ヒューンッ!」


 ぼーっとしていたニケを、外から入り込む風がやさしく包みこんだ。ニケは己が大量の汗をかいている事にその時初めて気が付いた。

風はその汗を一気に冷やし、寒さでニケを震えさせたのだった。


「いや、そんなことは……ない…よ…。それよりも、エディ……僕……」


「まあ、始めて三、四分じゃ分からんよな。」


「……えっ?」


 ニケはエディの言ったことに対して、疑問を持たずにはいられなかった。先程体感した謎の時間はまるで二時間程に感じていたからだ。


「うっ、うん。もっ…もう一度やって……みよう……か…な…」


 ニケが手を前に出し、目を瞑った瞬間の出来事だった。


「グルンッ!!バタンッ!!」


「えっ!!ニケっ!?」


 再度、魔源を出現させようと試みたニケは、後ろに倒れこんだ。


「ニケー!!」


 ニケは徐々に消えていく意識の中で、エディの心配する声だけを聞きながら、気を失っていった。


「うっ……。」


「おっ!ニケっ!大丈夫か!?」


 若干の体のだるさを感じたニケは、ゆっくりと起き上がった。


「ぅっ……僕は……いったい……。」


「急に倒れたから心配したよ……。」


 大丈夫そうなニケの反応にエディは一安心したのか、肩で深呼吸をした。部屋の明るさから、そんなに時間は経っていないという事がニケにも分かった。


「僕、どのくらい……。」


「寝てたの?ん〜三時間くらいかな?」


 ニケは窓から見える外の景色を見ながら、エディの受け答えを心ここに在らずと言った感じで聞いていた。ニケは左手で顔を覆い隠し、震える右手を開き、先程の不可解な現象をエディに説明し始める。


「僕、さっき……魔力をすくうイメージをしようとしたんだ。そしたら、なんか目の前がぐちゃぐちゃになって……。」


「ん……え?……なっ!おい……お前それ……。」


「え?」


 エディの驚く声を聞いたニケが辛そうに目を開けると、目の前にいたエディが驚きを隠せないと言った表情でニケの右手を凝視していた。ニケがエディの視線の先を見ると、そこには己の手の上に魔源が現れている光景があった。


「うわっ!!」


 ニケは突然の出来事に心底驚き、熱い物が手に触れているかのように右手を振り払った。


「ボシュッ!!」


「すっ……す……すげええええ!やるじゃないかニケ!こんなに早く出来るようになったやつを見るのは初めてだよ!」


「うっ……。」


――なんなんだこれ……今……僕……何もしてないのに……勝手に……。


「ドクンッ!ドクンッ!ドクンッ!」


 ニケには自身の心臓の音がはっきりと聞こえていた。それは興奮からではなく、喜びからでもなく、恐怖から来るものであった。


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読んでいただきありがとうございます。


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