第24話 疑念

 雲一つない晴れやかな空の朝。テュミニー街道の入り口付近にある森を少し入った所で、アルバート達は準備を終えて街道に向かおうとしていた。


「皆、防具は全て積荷の中に入れておけ。剣はいつでも取り出せる場所に置いておくんだ。」


「はい。」


「これから、俺達は商人として検問を通過する。馬を連れながら昨日の夜の様に侵入する訳にも行かないからな。」


 テュミニー街道の入り口にある検問を通過する為、アルバート達は事前に対処法を確認していた。


「はいっ!次ー!」


 街道に入る為に並ぶ商人達に向けて、門番の荒々しい声が浴びせられた。


「パカッパカッ。」


 馬に乗りながら検問の列に並んでいるニケ達四人は、付近を警戒しつつ前に進んでいく。そうこうしている内に、順番があと二組の所まで来ていた。


「行ってよーしっ!はいっ次っ!」


 ニケ達の前に並ぶ男はおそるおそる前に進み、門番の質問に答えていく。


「どこから来た?」


「はい、ここから北の方角にあるクソン村です。」


「ふむ。何しにここに来たのだ?」


「はい、勿論商売でございます。いい鉄と布が手に入ったもので〜。やはりここテュミニーの凄腕鍛冶屋の方々に使って頂こうと思いやして。」


「うむ。良い心がけだな。では交通料として10エリン頂くぞ。」


「はいっ!勿論ですとも!」


 ニケ達の前にいた男は、一安心したのか喜んで門番の者に金を渡すと、そそくさと門を通過していった。ニケ達はゆっくりと門番の前に立ち、顔を見合わせる形となった。


「はい!つ…ぎ……!?」


 ニケがゆっくりと下に向けていた顔を上げると、門番の男はとても驚いた顔をしながらアルバートを見ていた。


「スっ!ストローマ様!?」


「えっ?」


 気がつくと門番の男は、唐突に聞いたこともない者の名前を口ずさみ、アルバートに向け熱い視線を送っていた。ニケは何が起きたのかわからず、あっけにとられている。門番は先程通過した男に対する態度とは打って変わって、ペコペコとお辞儀をしながらこちらの機嫌を伺っていた。


「ストローマ様……こっ、こんな所でどうされたのですか? 直接入り口にいる者に声をかけて頂ければ、すぐにでもお通ししたのですが……。」


 門番は、手のひらを入り口に向けながらどうぞどうぞとすぐに進む様促していた。それに対してアルバートは何もなかったかの様に淡々と喋り始める。


「ああ。たまには並んでみるのも良いかと思ってな。調子はどうだ?」


「はっ、はあい。何も問題はございません。」


「そうか。それなら良いがな。最近は何かと物騒だ。念入りに頼むぞ。」


 額から汗を垂らす門番は、アルバートに対して無礼がないか心配でしょうがないようで、頷く回数も次第に増えていった。


「はい!不審者は何人たりとも通しません!勿論、エルミナス兵も!」


「っ!!」


 ニケの身体に衝撃が走る。何故エルミナス兵は通せないのか、そのエルミナス兵であるアルバート達に何故ここまで下手に出るのか、ニケにはさっぱりわからなかったが、アルバートは淡々と喋り続けていく。


「ああ。私もお前がしっかり仕事をしている様で安心したぞ。引き続き頼む。」


「はあい。勿論ですとも!」


「ドンッ。」


「ん?……うぇ!?」


 ニケが物音のする方を向くと、そこには腰に隠してあった短剣に手を置くエディをフェルトが肘でどついている光景があった。


「では。私はそろそろ行くぞ。」


「はい。どうぞどうぞ!」


 門番はアルバートが街へと入っていく光景を後方で見ながら、深々とお辞儀をしていた。アルバート達は街に入り、歩きながら辺りを見回して泊まれる宿を探し始める。


「いやー。やはりアルバートさんは流石ですね!俺なんてもう後少しでやっちゃう所でしたよ。」


「バカが。」


 笑顔でアルバートに話しかけるエディに向けて、フェルトが暴言を吐く。


「あはは……。そっ、それよりエディ、もしかしてさっきのは……。」


 ニケはあまり笑えないと言いたげな表情で、エディに状況の説明を求めた。


「おっ!気づいたか!アレはフェルトが風属性の魔法を使ったんだ。フェルトは風属性の魔法が得意だからな。ちなみにさっきのは幻想を見せる魔法ミラージュ(蜃気楼)、相手の脳に直接影響を与える高等魔法だ。」


「へえー!すごいなあ……。」


 ニケがフェルトに対して尊敬の眼差しを向けていたその時、エディが話し始める。


「そ、れ、よ、り!ニケー!お前ー!俺はいつから呼び捨てにして良いって言ったんだー?!おらおらおらー!」


 エディはニケの脇を鷲掴みにして、くすぐりながら質問に答えるよう責め立てた。


「ぎゃあああ!ごっ、ごめん!悪かったー!」


「このっ!直ってないぞー!おらー!」


 ニケの謝罪を聞いたエディは、より一層激しくニケをくすぐった。


「アハハ!やっ、やめてー!エディが言ったんじゃないか!怪しまれるってー!」


「ずっとなんて言ってないぞー!それに俺だけ呼び捨てとはどういう事だー!?このっ!おらおらー!」


「はっはっはっ!いいじゃないかエディ。それよりもあそこの宿が良さそうだ。ちょっと行って聞いてきてくれないか?」


 二人の話を聞いて笑っていたアルバートは、エディに宿を借りれるか聞いてくるよう頼んだ。


「はいっ!ニケ〜!覚えとけよ〜!」


 エディはニケに向かって指を指しながら、そそくさと宿に入っていく。


「ふ〜、たっ助かりました。」


 ヘトヘトになったニケが、アルバートに向けて感謝を伝えた。


「はっはっは。エディも口ではあんな事を言っているが、内心は楽しんでいるだろうよ。ここ最近は特に笑顔が増えた気がするな。」


「そっ、そうなんですか?」


「ああ。兄弟がもどっ…いや、故郷にいる兄弟を思い出しているのかもしれないな。」


「そうですか……。みんな離れ離れになっても頑張っているんですね……。僕も頑張ります!」


「頼んだぞ。」


 顔を背けるフェルトと浮かない顔をしているアルバートはこれから泊まろうとしている宿を見て佇んでいた。


「大丈夫みたいでーす!」


 宿の方から聞こえたエディの皆を呼ぶ声が、三人を包む少し重みを帯びた空気を一変させた。


「今行きまーす!……あ、間違えた。エディー!今行くー!」


「ニケー!!こらー!!」


 ニケは丁寧な喋り方に戻ってしまわぬようにと心掛け、駆け足で馬を引きながらエディの元へと向かって行った。


「ガチャ。」


 ニケがドアを開けると、視界にはベッドが三つ並べられており、それ以外は小さなテーブルが一つ置かれているだけの殺風景な光景が広がった。


「ベッドだ〜〜。」


 野宿に比べて何倍もマシなその部屋は、ニケにとって天国と言っても過言ではなかった。一泊風呂付15エリン、安くはないが必要経費だと思うしかなかった。


「アルバートさん、これからどうしますか?」


「うむ。私とフェルトは聞き込みに行く。エディ達は近くを見張っておいてくれ。」


「はっ。」


 アルバートとフェルトが部屋を後にすると、エディはおもむろに部屋の窓を開ける。


「サ〜〜。」


 外から入り込む心地よい風が、街で作られる屋台の食べ物の匂いを部屋に運ぶ。風によってカーテンと共にエディとニケの髪がなびく。


「よし。じゃあ、外に行ってみるか。周りを調べ終わったら、魔法の特訓をするぞ!」


「はいっ!」


 アルバートとフェルトは、ニケ達が宿の周りを調査している頃、街の商店街や住宅街を見て回っていた。街は活気に満ちており、エルミナスの革命が起きた後とは思えない程の盛況さであった。

ここの街は国の形を持たない領土である為、他国からの目を機にする必要がない。それが功を奏したのだとアルバート達は考察していたのだった。


「ここはエルミナスとの貿易をメインに行っていたはず。それがこんなにも早く復活するものだろうか?新しい取引相手が見つかったにしてはいささか……。」


「ええ、おかしすぎます。いくら何でも早すぎる、これではあらかじめエルミナスとの貿易が途絶える事を理解していたようだ。テュミニーが今最も重視している取引相手、いや……最も取引を行っている取引相手……そこを探る必要がありますね。革命の真実を把握しているやもしれません。それに門での話……エルミナス兵はこの街に入れないとはどういうことでしょうか?」


「おそらく、エルミナスの事をよく思わないものが門を管理しているのだろう。もしくは……。」


 アルバートが話を途中で止め考え込んだことに、フェルトが唾を飲み話の続きを聞く。」


「……もしくは?」


「敵……エルミナスを襲った者達の魔の手が、もう近くまで来ているのかもしれないな……。もう少し深く探りを入れてみるか。」


「そうですね。」


 アルバートとフェルトは周りに注意を払いながらその日の夜まで偵察を続けたのだった。


 そしてその日、フェルトがアルバート達のいる宿に帰る事はなかった。


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読んでいただきありがとうございます。


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