第20話 困惑

「ドドドドドドドドド!!!」


「はっ!!はっ!!」


 アルバート達を乗せた馬は、砂漠の中を勢いよく走っていく。それを追うのは、前回とは異なるメンツの賊達だった。エディとアルバートは呆れたように呟いた。


「はあ、しつこいね〜。」


「懲りない奴らだ。」


「うひょひょひょ!待てぇー!コラー!」


 賊の男達は、剣を頭上で振り回しながら、ニケ達の方に向かっていく。後方にいる賊は、弓を放ちながらニケ達に接近しようと試みていた。


「ドスッ!ドスッ!」


 賊の放った矢は、アルバート達の乗る馬の足元に次々と刺さっていく。エディは呆れ顔で、アルバートに話しかける。


「アルバートさん!乗り物に関しては、あいつらの方が有利ですね。あの鳥みたいなのめちゃくちゃ早いですよ。」


「足場がしっかりとした場所であればこいつらの方が速いが、地の利は向こうにあるな。」


 アルバートは目線を下に向け、馬の疲労度を確認する。


「死ねーー!」


「バシューーン!」


 賊の放った矢は、エディをめがけて真っ直ぐに飛び出した。


「バキッ!」


 エディは、持っているランスを後ろでくるりと回し、敵の放った矢を弾き折る。


「なっ!?」


「あいつら、結構なやり手かもしれないですぜ……。」


「うっ、うるせえ!もう行くしかねえんだよ!ガタガタ言わず、早くアイツらに矢を放て!」


 賊の頭は下っ端と思われる者の方を向き、泣き言に喝を入れた。


「かっ!頭あっ!!」


「なんだ!うるさい!!」


 賊の頭が前を向いた瞬間、エディが一瞬にして目の前に来る光景を、賊の頭は見る事となった。間髪入れずに、エディはランスを振り抜く。すると、賊の親分は爆発が起きると共に、炎に包まれながら横に吹き飛ばされた。


「ぐああああああ!」


 頭以外の者達が前を向くと、続けざまに風の衝撃波が彼らを襲った。


「離せオラー!!」


 賊の男達は両腕を縄で縛られ、一箇所に固めて座らされていた。エディは、賊の頰をランスでペンペンしながら、アルバートの方を向く。


「とか言ってますけど。アルバートさん。どうします?」


「うーむ。お前らは何ゆえ私達を狙った?」


「うるせー!俺たちは盗賊だ!そこに獲物がいたら襲うってもんだろう!」


 アルバートとエディは顔を見合わせる。


「それもそうか。」


 エディは上を向き、何かを納得をしたように拳を振り下ろし、手のひらで受け止めた。


「バカ!そんなことで襲われてたまるか。」


 フェルトはすかさずエディに突っ込みを入れた。


「それもそうだ。」


「けっ!いいから離せー!」


 賊の処遇に悩むアルバート達の横では、賊達が変わらず大声をあげていた。


「アルバートさん、こいつらどうします?」


「うーん、生かしておいてもしょうがあるまい。」


「ですね。」


 アルバートとエディの残酷で無慈悲な決断に、賊達は一瞬で静まりかえる。


「ひっ!ちょっ!?」


 エディはランスを振り上げる。

賊の男達は砂漠の暑さのせいか、はたまた恐怖を感じたせいか、汗と涙と鼻水で顔がドロドロになっていた。


「そっそんな!まっ待って下さい!」


 たまらず、ニケはエディに駆け寄り、話しかけた。


「でもなー、こいつらまた来るかもよ?国を滅ぼした奴らに、俺たちの居場所を教えるかも。前回は、たまたま居合わせた俺たちを狙ったんだと思ったけど、今回は違う。ほぼ確実に、俺たちを殺りに来たんだ。」


「あっ……。はいっ……。」


「それでも助ける必要がある?」


「そっそれは……。」


 ニケは何の言葉も出せないでいた。エディの投げかけた問いに対して、ニケは反対する理由をあげることが出来なかった。


「ほらね。コイツらを生かしておくことに、害はあっても利はない。」


「あ……っ……。」


 ニケの手は震えていた。

 今まで優しい兄のような存在だと思っていたエディから、思いもよらない残酷な言葉が発せられたからである。見てはいけない一面を見てしまったような恐怖と、己の無力さに対しての怒りだった。


「エディよ、もういいだろ。ニケにも思うことがあるのだ。」


 アルバートは辛そうに立っているニケを見て、そのまま放置することが出来なかった。


「ニケ。これから否が応でもぶち当たる壁だよ。しっかりと考えていくんだ。」


 エディは甘すぎませんか?と言わんばかりの顔で、ニケにこれからどうしていけば良いのかを真面目な顔で伝えた。


「ブチッブチッ!!」


「付き合ってられるか!!」


 アルバート達が油断していると思われる隙に、一人が腕に巻かれた縄を引きちぎり、全力で走り出した。


「フェルト!!」


 エディの掛け声と共に、フェルトは肩にかけられたマントを、ニケの前で勢いよく広げた。


「えっ……。」


「ドォオオオオオオン!!」


 呆然と立つニケの視界が、マントで遮られた数秒後、賊が逃げて行った方角から爆発音が鳴った。


 フェルトのマントが、肩から真っ直ぐに垂れ下がる状態に戻った時、エディは何事もなかったかのように、敵が逃げて行った方角を向いていた。


「エディ……さん……。」


 ニケは小さな声でエディを呼んだ。


「ん?どうした?」


 エディは純粋かつ素直な顔つきで、ニケの呼びかけに応えた。静まり返る雰囲気の中、残りの賊達は誰かを見るのではなく、ただ爆発の起きた方角だけを見つめていた。


「そういえば……。まだいたね。君たちはどうしたい?」


 賊達はエディの質問に答えようとするが、身体が震え、思うように喋ることが出来なかった。エディはそんな賊達に近づき、小さな声で耳打ちをした。


「お前ら…。ここで起きた事、誰にも言うなよ?でないと……身体がバラバラに吹き飛ぶぞ。」


「はっ、はい……。」


 返事をした者達の内一人は、声を震わせながら失禁していた。アルバート達は、敵兵達を縛ったまま砂漠に放置し、再び動き始める。


「ニケよ……。悩んでいるのか?」


 心ここに在らずといった顔をするニケに、アルバートが心配そうに尋ねる。


「あっ、いや……はい。」


「今のお主には難しい…いや、難しすぎる事柄だ。すぐに答えを出せとは言わぬ。」


「アルバートさん……。」


 アルバートの話を一生懸命に聞くニケ。その頭を、アルバートは優しくポンポンとたたき、話を続ける。


「エディだって、好きであんなことをするのではない。それはわかるだろ?」


「はい……。」


「あいつはあいつで、辛い記憶と戦っているのだ。いや、エディだけじゃあない。戦争を経験した全ての者達。彼等はすべからく、何かしらの問題を抱えているんだ。」


 アルバートは寂しそうな表情で、手綱を握っている。それに気づいたニケは、ここ最近に起きた壮絶な体験を思い出していた。


――そうだ。僕はたくさんの恐ろしい体験をしたけど……大事な人を失った訳じゃない。もし誰かが、大切な人が、この世から消されてしまったら……。僕は……冷静でいられるのか……。さっきと同じように……助けたいと……思えたんだろうか……。


「……む…り…かも……。」


 ニケがボソっと呟いたのを、かろうじて聞き取ったアルバートは、ニケが何と言ったのか聞き返す


「ん?何か言ったか?」


「あっ、いえ……。」


 ニケは、咄嗟に自分の口から出た言葉をはぐらかした。アルバートは何事もなかったかのように前を向き、再びニケに語り始めた。


「多くの事をを経験するのだ。そうすれば、おのずと答えが見つかるはずだ。」


「はいっ。」


 重い雰囲気で返事を返すニケは、無表情で空を見上げた。


――僕の……答えは……。


 ニケ達を乗せた馬は、砂漠を走り続けた。

数時間が立っただろうか、四人に疲れが見え始めた時の事だった。


「見えました!!」


 朱色に染まる空の下、エディは三人に向けて大声で叫んだ。ニケが目を凝らした先にうっすらと見たものは、水平線に広がる立派な建造物群だった。


「カサッ……カサ……。」


 アルバート達は、テュミニー街道入口付近にある、雑木林に身を隠していた。エルミナスに関して、どのような状況になっているかわからなかったからだ。


「私が行きます。」


 エディは偵察に名乗りを上げた。それを聞いたアルバートは、髭を触りながら考え込んでいる。


「うむ。幸いにも、まだ日は暮れていない。できるだけ目立たないほうがいいかもな……。」


 アルバートは、ニケの方を見て話しかけた。


「ニケ。エディと共に、偵察に行ってはくれないか?」


 ニケは驚きながらも、アルバートの眼差しを見て、唾を飲みこんだ。


「はい!行きます!」


 エディとニケは剣を腰にすえ、テュミニー街道へと歩いて行った。


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読んでいただきありがとうございます。


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