第19話 無情

 エディは馬を操り、アルバートの乗る馬にギリギリまで近づく。


「しかしですよ!そもそも、何故エルミナスは狙われたんですかね?」


「今、エルミナスは他の国に比べて、急速に発展している。それが原因だろう。」


 フェルトは今更何を言っていると言わんばかりに話に割り込んだ。


「そこだよ。発展しているだけで、国を落とさなければならない理由になるのか。」


「うむ、しかもエルミナス王国を落とすとなればそれ相応の力が必要となる。聞いた話によると七大国のどの国もが、関与を否定しているとか。」


 アルバートの話を含め謎が謎を呼び、真実の探求は、彼らを困惑に落とすだけであった。


「必ずどこかの国が、裏で手をまわしているはずです。おそらくは七大国のいずれか。もしくは……。」


「もしくは?」


 エディは、フェルトの言いかけた考えの続きを問うた。


「もしくは…エルミナス以外の七大国、全てかもしれぬ。」


 最悪のシナリオが、彼らの頭をよぎった。それはエルミナスにとって、一握りの希望すら無い事を指し示していた。


「うーん。まあ、それも行けばおのずと解ってくるだろうよ。」


 アルバートは上を向き、目を細めて空を見ていた。


「奴らは他国にないもの。つまり、時を司る天使の力ってやつを手に入れたかったのか……。もしくはエルミナスの土地、その場所自体に意味があるのか……。あー!頭が混乱してきた!!」


 フェルトは真っ直ぐに正面を向き、エディに助言する。


「空っぽの頭で考えてもしょうがないぞ。」


「そうだな。空っぽの頭で……って!おい!!」


「いいかっ!俺はなっ!〜〜!」


「はあ。これだから〜〜。」


 フェルトは、エディに容赦ない突っ込みを浴びせ続けた。そのやり取りに、ニケとアルバートは堪らず笑ってしまう。


「はっはっはっ!お前らは本当に仲が良いな!」


「クックスッ。」


「ニケえええ!笑ったな!!後で覚えとけよお!」


「えっ?!僕、笑ってなんか……プッ。」


「うるせえ!さっさとこんな砂漠突っ切るぞー!」


 エディは堪らず馬に合図を送り、スピードをあげた。


「駆け抜けるぞ!サンダーボルト!」


 すかさずフェルトもスピードを上げ、エディに並ぶ。


「おーい!サンダーボルトも無理だと言っているぞ!」


「そんなことゆうか!」


 ニケは微笑みながら、二人を見ていた。


「エディさんの馬はサンダーボルトという名前なんですね。」


「おう。何でも、始めて見た時に雷が鳴っていたとかなんとか。」


「なんだかカッコいい名前ですね。」


「そうだな!名前をつけるという事はとても大切な事なんだ。名前というのは、時に予期しない力を生むことだってある。名前は力でもあるのだ。」


「名前は……チカラ……。」


 ニケの頭によぎったのは、絶対絶命の時に現れた銀色の腕だった。


――アレにも名前なんてものがあるのだろうか……。


※∮※⌘※∞※⁂※§※∮※⌘※∞※⁂※§※


 その頃、エルミナス王国周辺の森では、エルミナス王国の元兵士達が密かに動きを見せていた。エルミナス王国内を探知魔法で覗いている魔法使いに、別の兵士が話しかける。


「どうだ?敵の様子は?」


「油断仕切っているな。街の中や城内にもウヨウヨいやがる。」


「くっ!調子に乗りおって!!好き勝手できるのも今の内だけだ!なんたって、私達にはまだ希望があるのだからな!」


 苛立つ兵士が放った言葉に、問いをなげる者がいた。


「希望とは?」


「なっ!?そんなの決まっているだろうが!!」


 そんな問いに答えなくてはいけないのかという面持ちで勢いよく振り返った兵士は、一瞬にして凍りついたように身体の動きを止めた。


「それは!ひっ!…えっ……ぁ……。」


 兵士のすぐ後ろにいたのは、エルミナスの国王殺しに加担していた黒フードだった。兵士達はその男が何者なのかはわからなかったが、明らかに味方ではないという事を察した。


「なっ!? ……。」


「さあ。続きを聞かせてくれよ。」


 驚きで硬直する兵士とは裏腹に、黒フードは冷静な顔つきをしており、兵士に質問をした。


「なっ!何者だっ!?」


「通りすがりの魔法使い、じゃないかな? それよりも、ひ…え…の後は何て言おうとしたんだい?」


 その言葉を聞き、兵士の心は一気にざわつきを見せる。


「お前ら!!こいつを逃がすな!!」


 兵士が剣を抜こうとグリップに手を置いた瞬間、地面に魔法陣が描かれ、そこにいたエルミナス兵全員と黒フードを囲った。


「バカな!?即座に我々の動きを封じるだと……。」


「魔法使いは後衛でこそ本領を発揮するものだ。しかし、世には前衛に特化している者もいて、さらには上級剣士をも凌ぐ強者もいたりする。どんな時でも、イレギュラーというものは存在する。そうは思わないか?」


「ぐっ!?」


 黒フードは口角を少しあげ、兵士に近づいていく。兵士の目の前に立った黒フードは、兵士の額を左手で鷲掴みにし、徐々に握力を強めていった。


「ぐあっ!くっ!目的は……なんだ!?」


「ふふっ。奇遇だな。私も今からそれを聞こうと思っていたところだ。」


 黒フードは額を掴んでいる手の握力を、段々とあげていく。


「ぐあああ!」


 辺りに兵士の叫び声が響き渡る。兵士の身体は反射的に力が入り、無意識に歯をくいしばっていた。


「隊長っ!!」


「ほう。」


 動けずにいた別の兵士が放った言葉に、黒フードと額を掴まれている兵士が過敏に反応した。


「ぐっ!馬鹿者が!……。」


 黒フードは兵隊長の額を掴みながら、後ろを振り向いた。これから黒フードが起こす行動は、エルミナスの兵士達に身の毛もよだつ思いをさせた。


「おい。エルミナスの兵士達よ。お前達は、これから何をする予定なんだ?私に教えてくれないかな?」


 黒フードはエルミナス兵達のいる方に向かい、左手で兵隊長を掴みながら、兵士達に話しかけた。兵士達は話をそらそうと試みるが、焦りからか意思とは裏腹に、間の抜けた事を言い始める。


「なっ!」


「何も、何もしていない!歩いていただけだ。」


「そっそうなんだ!ちょっ、ちょっと通りがかったただけで……。」


 兵士達の話を聞いた黒フードは、左手に一層力を込めた。その瞬間、兵隊長の頭からはギリギリという音がし始めた。


「があっ!あっ……あっ!」


「ほっ本当だ!」


 もがく兵隊長の様子を見て、兵士達は更に強い焦りを見せた。


「子供でもわかるような嘘をつくものではないよ。」


 その場にいる兵士達は、緊張と恐怖から、汗が吹き出しており、唾を飲むことも忘れていた。


「本当の事を言わぬと、この者の頭は割れた卵の殻みたいになるぞ?」


 兵隊長は、もう抵抗することが出来ないほどの痛みを受けており、意識を失いかけていた。


「わっ!わかった!本当の事を言うから!まってくれ!!」


 黒フードは力を入れていた右手を、少しだけ緩めた。兵隊長は、意思とは関係なく無意識に安堵し、抵抗をゆるめた。


「……ピクニックだ。」


「……えっ……。」


 一人のエルミナスの兵士が放った言葉。それを聞いた兵隊長は、己の耳を疑い、兵士達の方に目を向けた。

その時だった。黒フードは手に掴んでいたモノを、卵を割る時のようにクシャッと握り潰した。


「ブシューー!!」


 辺り一面に赤色の液体が飛び散る。


「ゴクッ。」


 一人の兵士の、唾を飲み込む音が辺りに響いた。その瞬間、その場にいた兵士達は、全力で黒フードの呪縛から逃れようと、奇声をあげながら身体をねじらせた。何かを振りほどこうと手を動かすが、その努力も虚しく、彼らはその場から一歩たりとも動けなかった。


「どうしたんだ?いきなり元気になって。良い事でもあったのかな?」


「おのれー!!あああああ!!」


 彼らの中には、少数だが少しだけ身体を動かせる者もいた。


「やるじゃないか。」


「許さんぞ!お前には、必ず!正義の、鉄槌が下る!」


「それは楽しみだな。」


 黒フードは、怒り狂う兵士達の言葉を聞き流しながら、狙いを別の兵士に定めた。

近くの兵士の頭に黒フードの手が伸びていく。


「やめろっ!……やめてくれ……!」


 黒フードはエルミナス兵の頬に、そっと手を添える。それはまるで、赤子に触れる様な優しい手つきだった。


「お前は、己自身に嘘をつくのか?」


「なっ!な…にっ……!?」


「譲れない者があるはずだ。」


「たっ!頼む……。許してくれー!」


「お前の信仰するものが…」


「ぐっ!……ああああ……。」


「お前を救ってくれるのか?」


「うっうああああ!!やめっ…!」


「グシャッ!!」


 その日、黒フードとエルミナスの兵士達がいた場所からは、悲鳴と共に何かを割るような音が鳴り続けた。


「あああ。なんてあっけないんだ。己を騙すものに、未来なんてないというのに。」


 黒フードは手のひらを見つめながら呟いた。


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読んでいただきありがとうございます。


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