08

狭い四角い部屋と游咏魚レコードが私を出迎える。


『貉さん、保全戦闘レコーディングお疲れさまでした!やっと自分とこの記録保護リコーティング終わったのに、これからよその応援行かなきゃですよぉ…。なにはともあれ、貉さんはゆっくり休んでください!』


「今回もサポートありがとうございました。“伊鶴いづるさん”も記録保護頑張ってください。」


私の専任正暦保全者リーダーである伊鶴万梨いづるまりさんに感謝の言葉を伝える。ふとセンターホールに目を向けると手を組み後ろに伸びている伊鶴さんと目が合う。ガラス越しに小さく手を振ると、大きく手を振りそれに応えてくれた。


移動卵殻ヘッドシェルに乗り込みセンターホールへと下りる。そのままフロントを出ようとしたところで聞き馴染みのある声が私を呼び止めた。


「“箱嵜先輩”、保全戦闘お疲れさまです!」


「流々川さん…。“その呼び方”勘違いされるのでやめてくださいって前にも伝えましたよね?」


正暦保全者レコーダーの中でも特に大きいその姿はいつ見ても圧迫感を受ける。私の困った姿を見てからかう様に悪戯な笑顔を覗かせる。そうして二人で話していると元気な声が割り込んできた。


「ボクシーちゃん最近イケイケじゃん!そのデビューを支えた先輩として私も嬉しいよ…。ルルも見習いなよ?」


「リリーさんまた髪色変えたんですね。今回の色も似合っていて素敵です。」


「ボクシーちゃんありがとうー!ルルが褒めてくれないから似合ってないのかと思ってちょっと落ち込んでたのー!」


胸の辺りまで伸びた艶艶しいエメラルドグリーンの髪を揺らしながら近付いてくるその人。見た目がどれだけ変容しようと、底抜けに晴れたその声と人を引き寄せる瑠璃色の瞳は変わらず燦々と輝いている。




バートンBurtnテイルTaleに流れ着いてから六年が経過していた。


あれから保全戦闘を重ねた私のトレイス体の痕跡索トレイサーズ密度とトレイス量は大幅に増加し、時のChrono 瓦礫Debrisも何個か取り込めるまでになっていた。



それから更に数カ月後のこと。



私は会長室にいた。いつも隣にいる蜂浦さんの姿は無い。フロントやセンターホール等で会って話をすることは都度あったが、こうして会長室に呼ばれたのは初めてだった。いつにもない緊張感がこの部屋を支配する。


その支配権を奪うようを会長が口火を切る。


「箱嵜君。今日君を呼んだのは他でもありません。次の保全戦闘のことです。」


「“次”?今招集がかかっている訳では無いのですか?」


「情報源は言えませんが近日中にとある正暦分岐点ターニングポイントが壊変されます。エピソード名は“一揆当千”、場所は日本の長崎県南島原市。…貴方なら肥前国ひぜんのくに、原城と言ったほうがピンときますかね。」


あの日の記憶が色鮮やかに舞い戻り全身の痕跡索が震えて逆巻く。箱嵜貉ではなく天草四郎時貞の意思がそれを引き起こしていることは疑いようも無かった。


「前にも伝えましたが正暦保全者の役割は記録を護ること。死ぬ運命さだめの人間を救うことではありません。貴方にとって辛く痛みを伴う記憶なのは充分踏まえた上でのお願いです。貴方にこの記録の保全戦闘を任せたい。それが私が呼び出した理由です。」


沈黙を耳で噛み締める。それは迷いから生まれた行動ではなく、いつかこうなることを予見して痕跡索の中に埋めていた錆び付いた覚悟を奮い立たせる為。錆の取れた覚悟から放たれる鼓動が末端まで隈なく行き届きこの全身を揺らす。


断る理由など一つもなかった。伝える想いは唯一つ。


「箱嵜貉。その記録を護ってみせます。」


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