05

機内にリリーさんの明るい声が充満する。少しだけ一息つけると思い、兼ねてからの疑問を口にする。


「ひとつ教えていただきたいことがあるのですが、先程から会話の端々に出るレコーディングというのは一体?」


話そうとするリリーさんの口を抑えた流々川さんがそれに答える。


「リリーが話すと直ぐに脇道に迷い込むから俺が説明するよ。保全戦闘レコーディングっていうのは“現代、そして未来の行く末を決める正暦の大きな分岐点”、正暦分岐点ターニング・ポイントと呼ばれる記録を壊変しようとする壊変者エングレイバーからその記録達を守ることを言うんだ。


正暦分岐点ターニング・ポイントっていうと教科書に載るような変革だったり、発明だったりって思いがちだけど全てがそうという訳ではない。寧ろそこに至るまでの小さな出来事の方が多いんだ。例えば“普段なら一杯しか飲まないコーヒーを二杯飲んだ”とか、“隣町まで行った帰り道にいつもとは違う道を使った”とかな。


そして壊変者の壊変行為を見つけてくれるのが鷹島屋さんみたいなさっき下のフロアにいた正暦保全者リーダー達だ。元々はリーダーもレコーダーって呼ばれてたんだけどいつからか差別化のためにそう呼ばれだした。


リーダーの役割は壊変行為の巡警の他にも痕跡戦闘中の俺達のサポート、壊された記録の修整・保護などがある。さっき見た水槽の中にいくつか青くなってるものがあっただろ?あれなんかが保護済みの記録だったりするわけだ。記録に潜って戦闘に入ることはないから俺達とは対になる存在だな。」


「ところで箱嵜は何歳なんだ?」


会長と蜂浦さんと出会ったときのことを思い出す。確かトレイス体ではプラス6と…。そのことを流々川さんに伝える。


「そっか。じゃあバニシング時点では17、トレイス体で23歳ってことか。いやさ、俺達の間でもまだ良く分かってないんだけど、作り変えられる中で痕跡索トレイサーズが素体の意思を汲み取ってその年齢がベストだと思ったトレイス体が出来上がるんだよ。

…鷹島屋さんは素体の年齢誰にも言ってないらしいけど、あの見た目で中身は30代の課長とかでも全然おかしくないよな。因みに俺は素体もトレイス体も28、リリーは素体は17、トレイス体は俺と同じ28だ。」


「ちょっと何で勝手に言うの!?信じらんない!」


そう言ってリリーさんは流々川さんの肩を容赦無く殴り続けている。


「リリーさん?リリーさんからも新人の箱嵜くんに正暦分岐点のタメになるお話を頂けるとありがたいのですが…」


「ルルのお願いとあれば仕方ない。聡明な私も特別授業の講師をしてあげよう!」


殴る手を止め、満面の笑みで答えるリリーさん。


痕跡索トレイサーズについては会長んとこの蜜蜂ちゃんからもう聞いたよね?レコードに記録されてる正暦分岐点を映した世界もその痕跡索で作られてるんだけどね、痕跡索っていうのは一匹一匹微妙に特性や性質が違うわけなのよ。


それでね、その世界を構成している痕跡索とあまりにも違う性質の痕跡索で作られたトレイス体の正暦保全者がその世界に入ると、元々中に住んでいた痕跡索達と混ざってしまって記録が変わっちゃう可能性がある訳さ。だから正暦分岐点によって保全戦闘出来る正暦保全者は限られてるんだよー。私とルルはトレイス体の性質が似てるからよく一緒に組まされるんだ!そう、人は私達をこう呼ぶ、ルリアンズと!」


「俺そう呼ばれるの嫌なんだけど…。」


肩を組まれた流々川さんは何もかも諦め壁にもたれ掛かりながら僅かばかりの意見を溢す。そんな流々川さんの背中を笑いながら叩きリリーさんは続ける。


「補足情報です!トレイス体の話なんだけど、保全戦闘を重ねていくとその体を構成している痕跡索達が圧縮されていくのね。その空いたスペースにまた新しい痕跡索達が入っての繰り返しなの。そうするとその分性質の情報も増えるわけだから、正暦分岐点に一人しか入れない。つまり一人で保全戦闘をしなくちゃいけなくなるってわけ。強い者は孤高に生きるしかないんだよ…。まっ!二、三人で保全戦闘することの方が圧倒的に多いからそこは心配することはないぞ可愛い後輩ボクシーよ。」



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