#65 犬に聞け

「さて、おれたちは調査にいくとするか」

「はい! ですが、調査といってもなにをすればよいのかわかりませんよ」

「とりあえず情報集めからはじめようか。捜査の基本は足だというからな」

「ふむふむ、足ですか。それならわたしにおまかせください!」

 アイレンは張り切ってウォーミングアップをはじめる。いまにも走り出していきそうだ。

「いや、走る必要はない。ゆっくりでいいから聞き込みをしてまわろう」

「なるほど、わかりました!」

 冒険者ギルドに動物たちを押しつけたシュウトたちは街での情報収集を開始した。

 本来、拾い集めるのはシュウトの得意分野であるのだが、お世辞にも社交的とはいえない彼の性格ではあまりはかどりそうになかった。だがアイレンは見知らぬ人に声をかけることになんの抵抗もなくたいていの人と仲良くなれる人柄であるから、この手の調査はお手のものだった。

 調査を開始してから二時間ほどたって、ふたりは公園のベンチに腰かけていた。あちこち聞き込みをしてまわってみたが、すでに知っている以上の情報は得られていなかった。

「ダメだな。原因につながる情報はなかった」

「そうですね、みなさん不思議そうにされていました。ペットさんたちはいったいどうしてしまったのでしょうか」

「いじめられてたわけでもないしな。飼い主がわかったやつは送り届けたが、そんな様子はなかった。それに、最近になって一斉にことが起こっているのが一番の謎だ」

 頭を左右にゆらしながら「うーん、うーん」とうなっていたアイレンが「あっ!」と声をあげてパチンと手を叩いた。

「なにかわかったのか?」

「はい、わたし気づいちゃいました! わたしたちはお話を聞くお相手を間違えていたのです!」

「じゃあだれに聞けばいいんだ?」

「ワンちゃんに、ですよ!」

 アイレンは自信満々に答えた。

 たしかに一理あるな、とシュウトは思った。無関係のヒトに聞いてもわかるわけがない。当事者たる動物たちから情報を得るのが一番である。もちろん、イヌやネコの言葉がわかれば、という条件つきだが。

「ふむ。でもどうやって」

「それはもちろん、ずたろうちゃんにお願いするのです」

「なるほど。餅は餅屋、ということか。考えたな。でも、あいつはいまどこにいるのやら。探す手間がかかりそうだ」

「その必要はありませんよ」

 ほら、とアイレンが指さす先にずたろうがいた。茂みに身を隠し、瞳をギラギラと輝かせている。その熱い視線の先にハトがいた。二十羽ほどが群れをなしている。

「おい、まさか……」

 飢えに耐えられなくなったずたろうがハトを狙っているのではないか。そう考えたシュウトは急いで止めに入る。スプラッター映画のような光景を公園で遊ぶ無垢な子どもたちに見せるわけにはいかない。

「ちょっとまてい」

「むぎゅっ」

 シュウトはずたろうの頭をつかんで取り押さえた。ずたろうは不意の出来事に驚き抵抗したが、シュウトだとわかるとおとなしくなった。

「おまえはいつから肉食獣になったんだ」

「肉? なんのことだ?」

「とぼけてもムダだ。あいつらを狙っていたんだろう」

「むう、えん罪だ! おらはそんなことしないぞ!」

 拘束されているずたろうは手足をばたつかせてできる限りの抗議をした。

 そこにアイレンが遅れてやってきて言った。

「それでは、ずたろうちゃんはなにをしていたのですか? ただならぬ様子でしたが」

「おらは待ってるんだ」

「なにをですか?」

「じいさんが来るのを、だ」

「おじいさん?」

「ハトじゃなくヒトを食うつもりだったのか」

「ちがーう!」

 騒々しいふたりと一匹。ハトたちは特に気に留めていないのか逃げるそぶりも見せない。相当に人間慣れしているのだろう。

 そうこうしているうちにひとりの老人がやってくる。するとハトたちは待ってましたと言わんばかりに一斉に群がった。ハトに囲まれた老人はもっていた袋に手を突っ込み、なにかをつかんで周囲にばらまく。

「あのじいさん、豆をまいているのか。おい、ずたろう。おまえが狙ってたのって、あれか?」

「うん。そうだぞ」

「いじきたないやつめ。おまえにはプライドというものがないのか」

「そうですよずたろうちゃん。はしたないです」

 ふたりの言葉はずたろうの心に響いていないようだった。彼の視線はかわらずに宙を舞う豆にくぎづけになっている。

「はぁ」と小さくため息をつき、シュウトはずたろうのからだから手を離して言った。「おまえのケチなプライドはさておき、頼みたいことがあるんだ」

「ん? 豆をわけてほしいのか?」

「ちがう。話を聞いてきてほしいんだ」

「だれに?」

「イヌに」

「なんでおらが」

「仲間だろう?」

「おらはイヌじゃない!」

「わかったわかった。ネコでもモグラでも、なんでもいいから頼む」

「ムリだぞ」

「なぜ」

「だって、おらはイヌの言葉なんてわからんからな」

「えっ、そうなのか?」

「うん。日本語しかわからないぞ」

 シュウトは、逆になぜ日本語を話せるんだよ、といういまさらなツッコミを心のなかに留めておくことにした。

「困りましたね。ずたろうちゃんが頼みの綱だったのですが」

「そうだな。ところでずたろう、ジョセフィーヌちゃんは見つかったのか?」

「……ああ、そうだそうだ」

 ずたろうはちょっと考えてから言った。どうやら目先の豆に夢中で本来の目的を忘れていたようだ。

「おいおい。しっかりしろよ、食いしん坊」

「じゃあ、おらはこれで。シュウトたちもかんばれよー」

 と言って、ずたろうはジョセフィーヌちゃんを探しに走り去った、かに思われたが、そのまえにハトの群れになかにダイブし、ささっと素早い手つきで豆を拾い集め、満足すると今度こそ本当に走り去っていった。

「やっぱりいじきたないやつ」

 シュウトは走り去るずたろうの背をあきれながら見送った。

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