#64 困ったときの
「なんだったんだ、いまのは」
「さあ、なんだったのでしょうね」
すっかり置いてけぼりにされたシュウトとアイレン。
「ずたろうは行ってしまったが、どうやって見つけるつもりなんだろうか」
突然あらわれたなぞのふたり組。いなくなったペットを探していたようだったが、結局名乗ることもなくさっさと帰ってしまった。ジョセフィーヌちゃんとやらもどのような動物なのかも分からずじまい。これでは探しようもなければ、見つけても届けることができない。
「ニオイでわかるのではないですか? さっきの方から香水の香りがしましたので、ジョセフィーヌちゃんにもついているのかもしれません」
「なるほど、それなら探せるかも」
でもずたろうはそこまで考えていないだろうな、とシュウトは思った。報酬は思うがままと言われて食欲のままに体が動いただけにちがいない。
「シュウトさん。学校でさっきの女性の方と会ったことはないのですか?」
「学校で? どうしてだ?」
「シュウトさんの学校の制服を身に着けていましたから」
「えっ、そうだったか?」
他人の風体に一切の興味がないシュウトは気づいていなかったが、アイレンはしっかりと見ていた。訪問してきた女性が騎士学校の制服を着ていたのを。
「はい。品のあるお方でしたから、良家のお嬢さまなのかもしれませんね」
「そうかもな。高飛車な感じがしたし、ただの庶民ではなさそうだ」
シュウトには品がどうとかはわからなかったが、あの高慢な態度と口調はいかにもテンプレなお嬢さまだと感じられた。うやうやしく付き添っていたのは、これまたテンプレな執事だろうか。なんにせよシュウトには縁遠いものだった。
「とりあえずそっちはずたろうに任せるとして、おれたちも調べに行くとするか」
「はい! でも、この子たちはどうしましょう? このまますし詰めにしておくわけにもいきませんし」
「それなら大丈夫だ。おれに考えがある」
〇
「というわけだ。保護を頼む」
「事情はわかりました。ですが、あなたがなぜここに来たのかは理解できません」
「だからペットたちを預かってほしいと言っただろう」
「あなたはここをどこだと思っているのですか」
「公共職業安定所」
「冒険者ギルド! 迷子なら交番に連れて行きなさい」
「いいじゃないか、暇そうなんだから。どうせ利用客なんか来やしないだろうし、スペースは十分にある。市民のために尽くすのがお役所の役目だろう」
シュウトはいま、久しぶりに冒険者ギルドを訪れていた。相変わらずひとりの利用者も見当たらず、広い館内は閑散としている。受付職員のリンコも変わらずにリクライニングチェアで読書をするという優雅な日々を送っているようだった。
「一理あるかもしれませんね。ですが、税金も納めていない動物のお客様を市民と認めるわけにはいきません。早々にお引き取り願います」
「おいおい、ちょっとくらい手を貸してくれたって──」
「はい、つぎにお待ちの方、こちらへどうぞー」
リンコはシュウトの背後に声をかける。しかしここにはこのふたり以外にだれもいない。当然のように返事があるわけもなく、館内に沈黙が流れる。
「へぇ、幽霊や透明人間も税金を納めていたんだな。知らなかった」
「さっさと帰れ、と言っているのですが、わかりませんか?」
「協力してくれ、と言っているんだが、伝わらないようだな」
「しつこいですね。わたしにはあなたを助ける義理も責任もありませんので」
「このあいだは親切にしてくれたじゃないか。仕事とアパートを紹介してくれて」
「親切ですって? まさか。あなたのような怪しい人物を無職のまま野放しにしておけば、なにをしでかすかわかりませんからね。目の届くところに置いておく必要がある、と判断したまでです。親切心などと思われるのは心外ですね」
「やっぱりそうか。そんな気はしていたが」
「そういうわけですので、さようなら」
しっしっと追い払うように手を振って、リンコは読書にもどった。もはやシュウトを相手にする気はないようだ。
取り付く島もないとはこのことか。シュウトはこれ以上なにを言ってもムダだろうとあきらめかけたそのとき、入り口のドアがあいた。
「お話はまとまりましたか?」
外で待っていたアイレンが入ってきた。その腕にはネコが一匹抱かれている。アイレンがふたりのそばまでやってくると、そのネコはぴょんっと飛び跳ね、カウンターを超え、リンコのヒザのうえに乗って丸くなった。
戸惑ったように目を丸くしていたリンコであったが、真っ白い毛並みををひと撫でしてやると、ネコは気持ちよさそうに小さく鳴いて寝息を立てはじめた。
「ああ。残念だが預かってくれな──」
「保護しましょう」
「……えっ? なにか言ったか?」
「ですから、わたしがペットたちを保護してあげます」
リンコが目をそらしながら言った。
「どういう風の吹き回しだ?」
「動物愛護の精神に突如として目覚めただけですが、なにか問題でも?」
リンコはシュウトに目をやる。その瞳は余計な詮索をするなと脅迫めいた圧力をかけてくるようだった。下手なことを言えばどうなるか、わかっているな。
「かわいいですもんね、ネコちゃん。リンコさんもかわいい動物がお好きなんですか?」
ふたりの無言のやり取りをこれっぽっちも感じ取れないアイレンが、純真な笑みを浮かべて言ってしまった。
まずい。これ以上刺激するとどうなるかわからない。シュウトはすばやくアイレンの手をとってそそくさと退散する。
「それじゃあ、あとは頼んだ。あ、こいつらもな」
と言ってドアをあけると、外でおとなしく待っていた残りのペットたちが一挙になだれ込んできた。
「ちょっと、こんなに多いなんて聞いていませんよ! あっ、こらっ! まちなさい!」
シュウトは聞こえぬふりをしてドアを閉めた。そのむこう側ではリンコが暴言を吐いている。
「本当によかったのでしょうか? なにやら叫んでらっしゃるようですが」
「うれしい悲鳴というやつだ。それに、あいつが保護すると言ったんだから、なにも気にすることはない」
「そうでしたか。よろこんでいただけたのですね。動物がお好きな方に悪人はいません。やっぱりリンコさんは親切でよいお方ですね」
「あ、ああ。そうだな」
あえて否定することもあるまい。ともあれ、これで原因究明に専念できるというものだ。
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