第9話 迷子のペットと拾う男

#63 何匹目?

「ただいま」

「あっ、シュウトさん! お帰りなさい!」

 仕事で外出していたシュウトが自宅に帰ってきた。いつもの学ランといつもの装備を身に着け、小脇にイヌを一匹抱えている。

 イヌといってもずたろうではない。ずたろうのように人間の言葉を話すこともなければ、ずたろうのような大飯食らいでもない。小さなからだにうるんだ瞳。愛嬌があっていやしを与えてくれる。そんなワンちゃんだった。

「また拾ってきたのかあ? これ以上増えたら、おらの飯がなくなっちまうぞ」

 ずたろうが言った。

 ぶうぶうと文句を言う彼の周辺は多種多様な生物でごった返していた。特に多いのはイヌネコだが、ウサギに子ブタ、カメやトカゲといったは虫類、インコにフクロウ、などなど。ただでさえせまいワンルームにすし詰めになっている。資金不足に苦しむ個人経営の動物園でも、もっとましな飼育環境を整えられるだろう。

「そのようなことを言ってはいけませんよ、ずたろうちゃん。飼い主さんとはぐれてしまったかわいそうな子たちなのですから、わたしたちが面倒を見てあげませんと」

 アイレンが小皿に水を注ぎながら言った。

 シュウトが拾ってきた動物たちは決して捨てられたわけではなかった。段ボール箱に入れられて道端に置かれていたのではなく、木陰に隠れるようにして震えていたりおなかをすかせてフラフラ歩いているところを保護していたのだった。

 住所の書いてある首輪をしていたペットは飼い主のもとへ送り届けた。飼い主たちはみな心配していて、ペットが無事に帰ってきたことを喜んでいたため、捨てたわけではないとわかったのだ。

「面倒を見るったってなあ。もう限界だよ」

「たしかにな」

 シュウトがあたりを見まわす。とにかくせまい。気をつけて歩かなければ一歩踏み出すごとに必ずだれかのシッポを踏んづけてしまいそうなほどだ。

「これからは拾ってこなくてもいいんでないか? 捨てられてたわけじゃなかったんだから」

「いや、それはだめだ。もしかしたら本当に捨てられたペットがいるかもしれない。それを見逃すなんてこと、あってはならないんだ」

「相変わらず損な性格してるなあ、シュウトは」

「いいえ、大変ご立派なお心がけだと、わたしは思いますよ」

 アイレンが笑顔で言った。

「だが、ずたろうの言うことも間違いではないな。このままだとまともに世話ができなくなってしまう。なにか手を打たないと」

「飼い主さんが見つかるまで、どこか広いところで預かってもらいましょうか?」

「とりあえずはそれもいいが、根本的な解決にはならない」

「根本的な解決?」

「ああ。ここ最近、ペットが突然いなくなるという不可解な出来事が多発しているらしい。散歩中に飼い主を振り切って走り去ったり、庭や屋内から忽然と姿を消したり。その原因を突き止めない限りは同じことの繰り返しだ」

「なるほど。それをわたしたちが調べて突き止めればよいのですね!」

 意気込むアイレン。一方のずたろうは苦々しい顔をしていた。

「えぇー、なんでおらたちがそこまでしなくちゃならんのだい? そういうことはお役所の仕事じゃねえのか?」

「そう言われると、そのとおりだな。おれたちには原因調査の義務もなければ保護する責任もない」

「じゃあ、やんなくてもいいな。よし、決まり!」

「でもなあ、ずたろう」

 シュウトがやる気を出さないずたろうを説得しようとしたところ、チャイムが鳴った。どうせレンジが来たのだろうと思い「開いてるぞ」と声をかけると、来客が「失礼」と言って入ってきた。

 シュウトの予想とは違い、訪問者はレンジではなくふたり連れの男女だった。ひとりはシュウトたちと同じくらいの年齢の女性。もうひとりは老年の男性で、うやうやしく後ろに立っていた。

 女性はなにも言わずに部屋のなかを見渡し「ここにもいませんわね」とつぶやいた。そしてそのままシュウトたちを無視して出ていこうとしたが、ずたろうが「まてーい!」と叫んで引き止めた。

「おめえら一体なにもんだ? なにしに来たんだ? 名を名乗れい!」

「あら、ごめんあそばせ。ここでペットを保護していると聞きまして、わたくしの大事な大事なジョセフィーヌちゃんがいるかもしれないと思ってきましたの。でも残念ながらおりませんでした」

「だからって、いきなりやってきてなにも言わずに帰るのは失礼じゃねえか!」

 ずたろうにしてはめずらしく正論を述べている。

「それは失礼いたしましたわ」と言って、女性は軽く頭を下げた。「ああ、そうですわ。もしジョセフィーヌちゃんを見つけてくださったら、あなたがたの望むだけのお礼をさせていただきますから」

「望むだけのお礼? 好きなだけ飯を食わしてくれるってことか?」

「ええ、もちろん。それでは、ごきげんよう」

 言うだけ言って訪問者たちは帰っていった。

「よーし、いくぞお! シュウト、アイレン、ぐずぐずするなあ!」

「おいおい、やらないんじゃなかったのか?」

「おらたちがやらずにだれがやる! さき行くぞお!」

 飯のためならたとえ火のなか水のなか。ずたろうは元気に家を飛び出していった。

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