#66 怖いもの

 頼みの綱であったずたろうが当てにならなかったことで捜査は振り出しにもどってしまった。これからどうしたものかと思案していると、公園で遊んでいたふたりの子どもがアイレンたちに気づいて近づいてきた。

「ほら、やっぱりアイレンじゃん! それと、シュウトだっけ?」

「こ、こんにちは……」

 やってきたのはシュウト邸に遊びにきたことのある双子だった。姉のヒリゥと弟のウッツ。アイレンの孤児院時代の知り合いだ。

「こんにちは。ヒリゥちゃん、ウッツくん」

「ああ、このまえのチビたちか」

「チビとかいうな! バーカ、バーカ、バカシュウト!」

 からだは小さいのに態度は大きい。生意気なのも相変わらずのようだ。

「今日もお元気そうですね」

「まあね。アイレンはこんなとこでなにやってんだ? ヒマなのか?」

「そんなこと言っちゃダメだよ、ウッツ。アイレンおねえさんに失礼でしょ」

「いえいえ、構いませんよ。わたしたちはいま、とある調査をしているのです」

「調査? わかった、殺人犯を追っかけてるんだ!」

「それはちょっと、わたしたちには難しいことですね」

 アイレンは苦笑いした。ウッツの突拍子もない発言はじつに子どもらしい。

「もしかして……」ヒリゥがおずおずと言った。「ペットさんがいなくなってるお話を聞きました。それのことですか?」

「正解です! よくわかりましたね。わたしたちはどうしてペットさんたちが逃げてしまうのか、その原因を調べているのですよ」

「そんなの簡単だよ! 捨てられたに決まってんだろ!」

「いえ、そうではないのです」

「どうしてさ」

 それはな、とシュウトがアイレンに代わって説明した。保護したペットを飼い主のもとに送り届けたときの様子を。

「いーや、捨てられた! ぜったい捨てられたんだ!」

 シュウトの話を聞いてもなお、ウッツは声を大にして一歩もゆずらない。

「だからな──」

「もういい! おれ帰るから!」

「そうか。まあ、なんでもいいけど。気をつけて帰れよ」

 シュウトは走り去るウッツの背を見送った。つい先ほども同じような光景を見たような気がするシュウトであった。

「あ、あの、シュウトおにいさん……」

 と、ヒリゥがシュウトの服のすそをくいくい引っ張って言った。

「ん? どうかしたか?」

「わたし思うんですけど、やっぱり、ペットさんたちはおびえているんだと思います」

「いや、たぶんちがう。ウッツにも言ったが。ペットたちは飼い主にいじめられてたわけじゃないんだ。だからおびえる理由も逃げだす必要もない」

「そうじゃなくて、飼い主さんじゃなくて、ちがうなにかです」

「ふむ。なにか、か」

「その、ワンちゃんたちのこと、よろしくお願いします。わたしも助けてあげたいですけど、うちに連れて行くわけにもいかないので……」

 そう言うと、ヒリゥは「さようなら」とおじぎをし、さきに行ってしまったウッツのあとを追いかけていった。

「あわただしいガキどもだな。うち、というのは、里親の家のことか」

「はい。孤児院の子どもたちはみんな引き取り手が見つかりましたから」

 孤児ということはなにか悲しい過去があるはずだ。両親を亡くしたか、あるいは捨てられたか。その経験がいまのふたりの性格や価値観に反映されているのだろう。ウッツは飼い主が捨てたという主張をかたくなに曲げようとしなかった。ヒリゥは引っ込み思案で自己主張が弱い。対象的ではあるが、その由来は同じなのかもしれない。

「それにしても、飼い主ではないなにかから逃げようとしている、とは考えもしなかったな。いったいなににおびえているんだろうか」

「怖いもの、ということですね」

「アイレンにはあるか?」

「そうですね……恩を仇で返すこと、でしょうか」

「それは怖いものなのか?」

「はい。もしも自分がそのような罰当たりな行いをしてしまったとしたら。考えるだけでもおそろしいです」

 アイレンが寒さに震えるかのようにからだを縮こまらせた。

「そういうもんか」

「シュウトさんだって、自分がポイ捨てをしたらと考えてみてください」

「おれがポイ捨てを、か」

シュウトは想像する。ポイ捨てという忌避すべき大罪を、美化委員としての誇りと使命感に燃える自分が犯してしまったとしたら。

「うぐっ」と声をもらし、シュウトは地面にヒザをついた。速まる呼吸、高鳴る鼓動。シュウトは胸に手を当ててぜえぜえとあえぐ。

「シュウトさん!」

「大丈夫、平気だ」

「ごめんなさい。わたしがよけいなことを言ってしまったばかりに」

「いや、謝る必要はないさ。おれが勝手に傷ついただけだ。ともあれ、恐ろしいなにかにおびえているという可能性はありそうだ。その線で調べてみよう」

「はい!」

 もしそうならペットたちを保護した場所の付近に手がかりがあるかもしれない。そう考えたふたりは現場に行って調べてみることにした。

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