#61 ふぬけの真相
しばらく煮詰めていくと、鍋のなかの薬液はどろっと粘り気が出てきてハチミツのようになった。見た目はわるくないのだが、材料を考えると決して甘くはないだろう。
「よーし、そろそろいいだろ。味見してみるか?」
スプーンで少量をすくい取り、「ほれ」と言ってずたろうに差しだした。
「わあい!」
ずたろうがためらいなくひと口でぺろり。自分の爪の垢が入っていることを忘れているのだろうか。
「どうだ?」
「うぅ、まずいぞ……」
「だろうな」
薬をなめたずたろうはあまりの苦さにもだえていたが、ふと動きを止めて不思議そうにきょろきょろと視線を動かす。
「どうかしましたか、ずたろうちゃん?」
「なんか、元気がみなぎってくるような気がするぞ!」
うおおお、と叫び声をあげたかと思えば、今度は急に走り出した。物であふれる研究室のなかをちょこまかと動きまわる。掃除の行き届いていない部屋だからほこりが舞いあがり、アイレンとレンジはげほげほとむせた。
「おい、落ち着けって!」
レンジがずたろうを取り押さえようとするがひらりとかわされる。
「やる気がどんどんあふれてくるぞぉ! いまならごはん百杯でも二百杯でも、かるぅくいけそうだ!」
「それはやる気じゃねえ。ただの食い気だ!」
ドタバタと追いかけっこにいそしむふたりをよそに、アイレンがシュウトに薬を飲ませようとしていた。
「さあ、シュウトさん。お薬ですよ」
「いらない。苦そうな薬なんて……」
シュウトは力なく答えた。ありとあらゆるやる気を失ったまま実験台のうえにだらーっと寝転んでいる。彼の視線はふらふらと宙をさまよい、アイレンと目を合わせないようにしているかのようだった。
「ガマンしてください。病気が治らなくてもいいのですか?」
「いいさ、ダメ人間のままで……」
「もう、わがままを言ってはいけませんよ。えいっ!」
このままではらちが明かないと考えたアイレンは実力行使に出る。シュウトのあごに手をそえてくいっと持ちあげる。気道確保。すかさずお玉にすくった薬を問答無用で流し込む。
「うっ──」
ごふっごふっ、とせき込むシュウト。のどにムリヤリ液体を流し込まれたのだ。当然の反応である。
「シュウトさん……」
「なんだこれ、口のなかが苦すぎる──ん? アイレン、どうかしたか?」
せきが落ち着き、シュウトは自分のことを心配そうに見つめるアイレンに気がついたようだった。
「大丈夫ですか、シュウトさん! もとのシュウトさんにもどりましたか?」
「もとのおれ? いったいなにを言ってるんだ──って、なんだこの掃除のしがいのある部屋は!」
シュウトがあたりを見まわして周囲の状況を確認すると、今度はそわそわしはじめる。先ほどまでは死体のように動かなかったのだが、いまの彼はまるで発射三秒前のロケットのようだった。
「治ったようですね、よかったぁ……」アイレンがほっと胸をなでおろした。「シュウトさん、ごめんなさい。わたしのせいで大変な目にあわせてしまって」
「なぜ謝る? いったいなにがあったんだ?」
シュウトにはアイレンがあたまを下げる意味がわからなかった。
「はい。じつは──」
アイレンは今日の出来事を順を追って説明した。シュウトの身に起こった異変。原因と思われる毒キノコ、アスカラマジタケ。そして、シムジーとずたろうの協力により完成した治療薬で快復したこと。
「そんなことがあったのか。ずいぶんと迷惑をかけたみたいだな。すまない」
「いえ、謝るのはわたしのほうです。ごめんなさい!」
シュウトとアイレンがあたまを下げ合った。
「だからなぜきみが謝るんだ? いまの話を聞いた限りでは、きみに一切の落ち度はないと思うが」
「わたしがいけないのです。シュウトさんに野草やキノコの見分け方を教えたのはわたしです。わたしがもっとちゃんとしていれば、あなたが毒キノコを食べることはなかったかもしれません」
「いや、それは関係ない。おれはよくわからないものは採ってこないし、必ず図鑑で調べるようにしている。たまに食用にまぎれて食べられないものを採ってきてしまうこともあるが、その場合は絶対に食べない。だからアイレンに責任はないはずだ」
「でもよ、それじゃあなんでおまえは毒にやられたんだ?」
レンジがずたろうを追いまわすという不毛な行いをやめて話に入ってきた。
「おれにもわからない。今日だってあやしいキノコはちゃんとよけたはずだ。そうだよな、ずたろう」
「ん? あやしいキノコ?」
ありあまる元気を発散するかのようにスクワットや腕立て伏せをしていたずたろうが、シュウトの言葉に対して首をかしげた。
「ああ。おまえが食材を切っているとき、おれがこれは切らないようにと止めたやつがあったろう?」
「んー、あったっけなぁ……あっ! あれか!」
すこし悩んでからぽんっと手を叩いた。
「たしかによけたはずだよな?」
「いんや。あれな、シュウトは食うなって言ったけど、あとでちょこっと食ってみたんだ。そしたらなかなかうまかったし、おなかも痛くなんなかったから、もったいないと思って鍋に入れといてやったぞ」
「……は?」
シュウトは我が耳を疑った。
「うまかったろ?」
ずたろうは笑顔で言った。一点の悪意も罪悪感もない純真な笑顔だった。
「ということは、シュウトさんが大変な目にあわれたのは……」
「おまえのせいだったってわけだな、ずたぶくろう……」
「えっ? えっ? なんだ? どうしたんだ、みんなしておらをにらんだりして」
シュウト、アイレン、レンジの三人から非難の視線が向けられていることに気がついたずたろうは、そのわけがわからず不思議そうにしている。
「ダメじゃないですか、ずたろうちゃん。わたしたちがどれだけ心配したことか」
「まったくだ。アイレンたちはずいぶん苦労したみたいだからな。たまにはお灸をすえてやらないといけないようだ」
「よし、おれにいい考えがある」
レンジがにやりと笑った。
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