#60 吾輩は

「それでは自分から説明しよう!」


 やけに張り切っているシムジーが、さきほどレンジたちにしたのと同じ話を語りはじめた。不死竜とはとてつもなく生命力の強い希少生物なのだと。


「ふんふん。それで、どうしておらが不死竜なんだ?」


「おそらくシュウト氏が拾ったというふさふさとやらは、ずたろう氏の親というかオリジナルというか、もとになった個体のからだの一部だろう。それが再生、進化してずたろう氏となった。そのような常識ばなれした生命力を持った生物など、不死竜のほかには考えられない」


「ふうん。たしかさっき、一世代で姿を変えるって言ったよな? だったら、そのもとになった個体ってのがどんなやつなのか、わからねえってことか」


「そのとおり。ネコかもしれないしトリかもしれない。もちろんイヌの可能性もある」


「なんでイヌになったんだろうな。それこそドラゴンにでもなればいいのによ」


「ずたろう氏がイヌの姿をとって人語を操るのは、もとの個体がそれが生存に適した進化だと本能的に悟ったからだろう。人間との共存が生きる道だ、とね」


 あくまで仮説にすぎないけど、とシムジーは付け加えた。


「うーん……わたしにはよくわからないのですが、もとになった個体というのはずたろうちゃんのお母さんなのですか? それとも双子の兄弟なのでしょうか?」


 アイレンがむずかしい顔をしながら質問した。


「どちらも正しいようで、どちらも誤りだ」


「じゃあ、本物と複製か?」


 レンジが言った。


「おらはニセモノじゃなぁい! おらはおらだ!」


「うむ、コピーではないだろう。親子でもあり、双子でもある。しかしそれぞれ独立した一個の生物。常識からかけ離れた存在さ」


「やっぱりよくわかりませんが、ずたろうちゃんの言うとおり、ずたろうちゃんはずたろうちゃん、ということですね!」


 長々とつづいた話はすべて仮説にすぎない。もっともらしい内容でもすべてシムジーの思い違いかもしれない。アイレンのように割り切って簡単に考えるのが、じつは一番よいのかもしれない。


「なるほどね」レンジがうなずきながらずたろうに向かって言った。「おれにもよくわからんが、ほんとにイヌじゃなかったんだな。おまえ」


「おらはなんども言ってたぞ」


「だって『おらはイヌじゃない』しか言わなかったじゃねえか。不死竜なら不死竜だと、もっとはやく教えてくれればよかったんだよ」


「んなこと言われたってなあ。おらだって知らなかったんだ、しかたねぇ」


「自分のことだろうが。知っとけ」


「まあ待ちたまえ、レンジ氏。ずたろう氏が知らないのもムリはない」


 シムジーが口をはさんだ。


「なんでだよ。自分のこともわからねえなんてあるか?」


「ある。いや、わからないのが自然だろうね。イヌは『ワガハイはイヌである』などとは考えていないはず。なぜなら『イヌ』という種族名は人間が勝手につけたものだからだ。ずたろう氏が自分のことを不死竜だと認識していないのも当然のことなのだよ」


「なるほど、そう言われるとそうかもな」


「ほれ見ろ! やっぱり、おらはわるくなかったんだ!」


 じとーっと見つめながら、ずたろうがじりじりとレンジに接近していく。耐えられなくなったレンジはお手あげのポーズをとった。


「わかったわかった。おれがわるかったよ。すまなかったな、ずたぶくろう」


「うんうん。わかればいいんだぞ――って、おらはずたろうだ!」


 仲良くケンカするふたりをさておいて、アイレンはそわそわしながらシムジーに話しかける。


「あの、シムジーさん。そろそろお薬をつくりませんか? シュウトさんを治してあげませんと──」


「では、イヌは自分たちのことをなんと呼称するのだろうか。そもそも同族意識というものを持っているのだろうか。群れを成す生き物にはきっとあるだろう。いや、知能の低い原生生物は本能的に集まっているだけかもしれない。単独行動する生物はどうだ。同種と出会ったら自分と同じ種族だと認識するのだろうか。それとも自分以外はすべて敵とみなすのだろうか──」


「あの、シムジーさん?」


 様子がおかしいと不審に思ったアイレンがもう一度シムジーに声をかけるが、まったく反応せずに独り言をつづけている。


「ヒトはもっと難しい。同種同士で助け合って生きているかと思えば、同種同士で傷つけ合うこともある。まったくもって不自然な生き物であるな──」


 ぶつぶつぶつぶつ。シムジーは呪文でも唱えるかのようにつぶやきながら、まわりを置いてけぼりにして自分の思考世界に沈み込んでゆく。


「ムダだよ、アイレンちゃん。そいつは生き物には見境がないんだ。興味のあることに没頭すると、まわりが見えなくなっちまう。一度こうなると、なにしたって無反応になるんだ。こんなふうに」


 と言って、レンジがシムジーのあたまを軽く小突いた。だがシムジーは叩かれたことにも気づいていない様子で独り言をつづけている。


「それほどまでに生き物がお好きなのですね」


「病的なまでに、ね。もっとも、ヒトにはさほど興味を持っていない。あいつはたいていのヒトのことを、研究対象としての価値がない生き物だ、と思ってるらしい。だからふつうに会話が成り立って、まともなやつに見えちゃうんだ」


 やれやれとあきれたように肩をすくめるレンジであったが、「わるいやつじゃないんだけどね」とフォローを入れた。そしてシムジーのことを無視して薬の調合をはじめる。


 ぐつぐつと煮立った鍋のなかに、アイレンが採ってきた野草、レンジが準備した薬品、そしてシムジーが集めてきた素材──なにやらよくわからない生物の体毛やウロコなど──をまとめて放り込んだ。


「あとは不死竜の爪の垢だけです。ずたろうちゃん、おねがいしますね」


「よくわかんねえけど、わかったぞ!」


 アイレンがずたろうの手をつかんで鍋のうえに持っていき、つまようじで爪の裏をちょいちょいとけずった。


「よし、あとはしっかり煮詰めれば完成だな。おれはぜってえ飲みたくねえけど」


 レンジは青汁を一気飲みしたような苦い顔をした。


 薬とはいえ、ずたろうの爪の垢が入っているのだから彼の反応もうなずけるというものだ。言わぬが花、知らぬが仏、である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る