#59 珍妙動物
「でたな、ずたぶくろう!」
「おらはずたろうだ!」
「ずたろうちゃん、どうしてここに?」
「アイレンのにおいをたどってきたんだ。おらは鼻がいいからな」
ずたろうはふふんっと胸を張る。
「そんなことより、ネギとかニンニクとか、なんでそんなもんを持ってんだよ。鍋パーティをやってるわけじゃねえんだぜ。カメにいたっては食材かどうかもあやしいがな」
あきれたように言うレンジに、ずたろうはむっとして言い返す。
「そんなことわかってるもんね! おらはシュウトを助けにきたんだ!」
そう言って、ずたろうは長ネギをシュウトの首に巻きつけた。
「おい、窒息させる気か?」
「ちがーう! こうするとカゼが治るんだぞ。知らねぇのか?」
「知らん。ていうか、すっげえウソくさいし。そもそもシュウトはカゼで寝込んでるわけじゃねえし」
「なにぃ! じゃあニンニクとスッポンはどうだ? 元気が出そうだぞ」
「いや、元気とかそういうことじゃねえんだって。シュウトはキノコの毒でこうなっちまったんだ。治すには薬が必要なんだよ」
「そんなぁ……せっかく持ってきたのに……」
ずたろうはさっきまでの威勢を完全に失い、意味もなくカメをシュウトの顔のうえに置いた。
「わけのわからねえことをするな」
「ずたろうちゃん、そんなに落ち込まないでください。シュウトさんを想うあなたの気持ちは、しっかり伝わったと思いますよ」
アイレンのほほ笑みがずたろうに向けられた。
「しまった、こんなやつに構ってるヒマはねえんだった。不死竜とかいうやつを探しにいかねえとな。シムジー、いままでの目撃情報とか知らねえか?」
闖入者によってそれてしまった話を、レンジがもとにもどす。
しかし、シムジーは答えない。ずたろうが登場してから彼は一言も発していないどころか石のように固まって動いていなかった。
「おい、どうかしたのか?」
レンジが動かなくなったシムジーの肩をつかんで強く揺さぶると、ようやく反応して活動を再開した。
「な、な、な、なんだその珍妙な動物はああああーっ!」
シムジーがずたろうを指さしながら特大の叫び声をあげた。
ほめられようと叩かれようと無関心だった男があげる叫び声は、研究室内の窓やフラスコといったガラスというガラスをすべて震わせた──ような気がした。
「自分の知らない動物だと! イヌか? イヌなのか?」
「イヌじゃないやい!」
「イヌだとしても人語をしゃべるイヌだと!」
「おらはイヌじゃないやい!」
「いったいなんなのだ、このイヌは!」
「だからイヌじゃなあい!」
ずたろうの必死の主張はむなしくもシムジーの耳には届いていないようだった。
「レンジ氏、きみの知り合いかね? ぜひとも紹介していただきたい!」
シムジーはレンジにすがりつく。だれかを紹介してほしいなど、どんな美人をまえにしても口にしない言葉だった。
「おいおい、落ち着けって、シムジー。じつを言うと、おれもよくは知らねえんだよ。というわけで、アイレンちゃん、よろしく」
「はい。おまかせください」アイレンはこほんと咳払いをした。「あれは、わたしとシュウトさんが出会って間もないころのことでした──」
アイレンの口からずたろう誕生秘話が語られる。
シュウトが裏山で拾ったふさふさななにかが、ずた袋のなかでずたろうに姿を変えたと思われること。生まれた直後から人の言葉を巧みに操り、人間社会の常識を理解していたこと。食いしん坊なこと、ねぼすけなこと、などなど。他愛もないことからとんでもないことまで、赤裸々に語られた。
「というのがずたろうちゃんなのです。おわかりいただけましたか?」
「ま、ま、ま、まさかあああ! いまの話が真実なら、きみは、きみは──うおおおおおおぉん!」
シムジーがまたもや叫び、さらに今度は大声で泣きはじめた。
「おいおいおい! 今度はなんだってんだよ!」
レンジが両耳をふさぎながら言った。
「わからないのかい、レンジ氏! いまの話を聞いてもピンとこないのかい、レンジ氏! 察しがわるいなあ、レンジ氏!」
「声がでけえよ! しかも言い回しがくどい!」
「ならば教えてあげよう! この珍妙な動物こそが! この奇妙なイヌこそが! きみたちの探し求めている! 不死竜に! 相違ないのだよ!」
しん、と研究室に流れる沈黙。
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」
アイレンとレンジとずたろう。ふたりと一匹は顔を見合わせた。そして──
「えええええーっ!」
「えええええーっ!」
「えええええーっ!」
声をそろえて大合唱。
「なんでおまえまでいっしょに叫んでんだよ! ずたぶくろう!」
「おらだって知らなかったんだい! てか、ふしりゅうってなんだ?」
「知らずに驚いてたのかよ……」
やれやれ、とレンジはため息をついた。
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