#58 希少生物

「おまたせしました!」


 アイレンがシュウトの待つ研究室に飛び込んできたとき、さきにもどっていたレンジが薬の調合の準備をしていた。


「ずいぶんはやかったね。どう、ぜんぶ見つかった?」


「はい。ばっちりです!」


 アイレンは笑みを浮かべて戦利品を見せる。シムジーから指示されたものはすべてそろっていた。一見するとただの雑草だが、そういうものにこそ意外な薬効が秘められていたりするものだ。


「これでよし。あとはシムジーの帰りを待つだけだな」


 下準備を終えたレンジが言った。アイレンはうなずいて返事をする。


 ほどなくして部屋の扉がひらき、シムジーが入ってきた。


「おそかったな、シムジー。さあ、はやくはじめようぜ」


 レンジに急かされるシムジーは首を左右に振って答える。


「残念だがわるい知らせがある。結論から言えば、治療薬の調合は不可能になった」


「ど、どうして! どうしてですか!」


 取り乱すアイレン。


 シムジーは無表情をくずさず、いたって冷静に話を続ける。


「簡単なことだ。必要な素材が集まらなかったのだよ。あとひとつだけ、とてもめずらしい素材がね」


「そんな……」


 アイレンが暗い表情でうつむいた。


「次の入荷はいつなんだ?」


「未定だ。だれかが偶然見つけたときにしか流通しない代物なのだよ。明日かもしれないし、一年後かもしれない。十年後の可能性さえある」


「マジかよ……」


 言葉を失うレンジ。


 うつむいていたアイレンが顔をあげる。


「では、わたしが探してきます!」


「きみにはムリだ。希少素材を専門に扱っている業者ですら持っていなかったのだよ。きみになにができるというのかね。入荷するのを気長に待ちたまえ。命にかかわる病気というわけではないのだから」


「それではダメです! シュウトさんにとって、美化委員の誇りは命と同じくらい大切なものなのです!」


 アイレンは声を大にした。


 その言葉を聞いたレンジが何度もうなずく。


「ああ、たしかにアイレンちゃんの言うとおりだな。おまえは知らないだろうがな、シムジー。このシュウトという男は並みの人間じゃねえんだ。ふぬけになったいまのこいつは、半ば死んでるようなものなんだよ」


「ふむ……」


「だから頼む。残りひとつの情報を教えてくれ。おれもいっしょに探すからよ」


 シムジーは腕を組んで考え込み、言った。


「きみたちの言うことはまったく理解できなかった。だが、ムダとわかっていても探しにいくというのなら、自分はもう止めはしない。情報は好きなだけ提供しよう」


「本当ですか! ありがとうございます、シムジーさん!」


「すまねえな、助かるぜ!」


 感謝の言葉を述べるふたり。シムジーはやはり興味なさ気に淡々と話をつづける。


「手に入らなかったのは『不死竜の爪の垢』という素材だ。知っているかね?」


「うーん、わたしは聞いたことがありません……」


 アイレンは首をかしげてレンジを見やる。


「おれも知らねえな。ってか、ドラゴンなんて実在すんのかよ!」


「さあね。なぞだらけの生物なのだよ、不死竜は。とてつもなく強い生命力を持っているからドラゴンにたとえられているだけかもしれない」


「かもしれない、ってどういうことだよ! どんな見た目をしてんのかもわからねえってことか?」


「そういうことになるね。正確には、たった一世代でがらっと姿が変わる生き物だと言われている。アオムシがサナギを経てチョウとなるように、不死竜は親と子でまったく別の姿になるのさ」


「うそだろ! そんな冗談みてえなやつがいるのか……」


「それでは、いったいどのように探せばよいのでしょう……」


 威勢よく自分で探すと言い切ったアイレンとレンジであったが、さっそく大きな壁にぶち当たって意気消沈してしまった。


「だから希少なのだよ。だが、その爪の垢を煎じればどんな薬だってつくることができる。薬効だけは保証しよう。もし見つかれば、の話だがね」


 あたりにはお通夜ムードが粛々と流れる。


 バンッ!


 突然、大きな音が鳴り響いた。それはまるで、暗く沈んだ研究室の雰囲気を吹き飛ばそうとしてくれたようだった。


「きゃっ!」


「なんだ、なんだ!」


 部屋のドアが蹴破るように勢いよくあけられたようだった。そしてなにかが研究室のなかに飛び込んできて叫んだ。


「具合のわるい子はいねえかあ!」


 額に巻かれたハチマキには二本の長ネギが差してあり、両手にはそれぞれニンニクとカメがしっかりと握られている。


 シュウトが横たえられている実験台のうえにおり立ち、なまはげのようなセリフをはいた闖入者の正体は、ずたろうだった。

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