#55 ふぬけの原因
「はあ……ようやく着いたあ……」
騎士学校の敷地に入ったところで、レンジはすっかり疲れた様子で大きく息をはき、つぶやいた。
筋肉痛のからだでボロアパートからここまで走ってきた肉体的なつらさもあるが、それ以上に精神的なダメージが大きかったのだろう。
町なかを走ってきたレンジとアイレン。ぐったりした男をお姫様だっこする少女と、それを追いかけるぎこちない動きの男。はたから見ればなかなかにコッケイな光景であり、まわりの人たちから奇異の目で見られることとなった。
ヘタをすれば通報されて職務質問を受けてもおかしくない状況。アイレンは気にしていないようだが、レンジは恥ずかしさをこらえるのに必死だった。
ふたりはレンジの研究室にやってきた。工具類やよくわからない機械などが散らばっていて、お世辞にもキレイとは言えない部屋だった。
「とりあえず、そこに置いといて」
レンジは二人がけのソファを指さして言った。
しかしソファのうえも散らかっていてシュウトを寝かせておく場所はない。レンジはざざっと払いのけてスペースを確保した。
アイレンはシュウトを静かに下ろしたあと、あたりを見まわして目をキラキラさせた。
「見たことのないものがいっぱいです! レンジさんはここでどのようなお勉強をされているのですか?」
「うーん、勉強というか研究というか。まあ、発明というべきかな。うちは代々、発明家の家系なんだ」
と答えながら、レンジは分厚い本がみっちりと詰まった書棚に向かった。読書ぎらいなら棚を見ただけで眠くなってしまいそうだ。
「えーっとぉ──あった、これだ」
そのなかから一冊の古くさい本を選びだし、作業台にドスンっと置いて読みはじめた。パラパラパラパラ、とものすごい速さで次々にページをめくっていく。右へ左へ、その瞳は忙しく動いている。
「なにを読んでいるのですか?」
「ああ、これは『世界の奇病辞典』っていうんだ。ふつうじゃない病気の原因や治療法を集めた本さ。抜け殻になったシュウトの治し方もきっとわかるはず──」
ページをめくるレンジの手がピタっと止まった。今度はじっくりと読み込んでいる。
「もしかして、見つかったのですね!」
アイレンが顔を輝かせて本をのぞき込むと、そこにはキノコのスケッチと長ったらしい文章が書かれていた。
「たぶんだけど、これじゃないかな。アスカラマジタケ」
「あすからまじたけ?」
アイレンが小首をかしげる。
「めずらしい毒キノコみたいだね。これを食べると、明日から本気出すと言いながらも実際にはいつまでたっても行動を起こさないなまけ者、みたいに成り果てるんだって」
「な、なんとおそろしいキノコなのでしょう……」アイレンがからだを震わせた。「わたしはこのようなキノコを見たことがありませんが、いまのシュウトさんの様子と一致します。きっと間違えて食べてしまったのでしょう」
「その可能性は高いと思う。これ以外にそれらしいものは書かれてないし」
「だとしたら……わたしが……」
突然、アイレンが目に涙を浮かべた。
「ええっ? ど、ど、どうしたの、アイレンちゃん!」
いきなり涙ぐむアイレンに動揺するレンジ。
「シュウトさんがこのようになってしまったのは、わたしのせいです」
「いやいや、なんでそうなるの?」
「シュウトさんにキノコの見分け方を教えたのはわたしです。わたしが不勉強だったばっかりに、正しく教えることができなかったから……」
思いつめた表情でうつむいた。
「そんなことないって! アイレンちゃんはわるくないよ! そんなことよりも、いまは治療薬を探そう」
「……はい、そうですよね。くよくよしていてもシュウトさんは治りません! わたしが買ってきます! なんというお薬ですか?」
「たぶん、ふつうには売ってないと思う。医者が知らなかったくらいだし。ここに治療薬の作り方はのってるから材料を集めよう。まずはあいつのところに行こうか」
「あいつ?」
「生物の研究をしてる知り合いがいるんだ。面倒なやつだからあんまり気は進まないんだけど、きっと力になってくれるだろ」
「はい! ではすぐに参りましょう!」
アイレンは力強く返事をし、ふたたびシュウトを抱えあげて飛び出していった。
「って、場所わかんないでしょ、アイレンちゃん! 待ってよー!」
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