#53 シュウトの料理教室

「ううむ……」


 とある日のお昼どき。自宅の台所にて、シュウトが腕を組んで仁王立ちをしながら唸っていた。目のまえには自分で採ってきた野草やキノコが置いてある。


 普段はアイレンが料理をしてシュウトが洗い物をするのだが、この日は事情が違っていた。急に町内会の手伝いに行くことになったアイレンは、作り置きをするヒマもなく家を出なくてはならなかったのだ。


 そこで洗い物担当に白羽の矢が立ったのだが、ごく一般的な男子高校生――と自己評価している──の彼は料理をした経験などほとんどない。せいぜい家庭科の調理実習程度だ。どう手をつけたらいいのやら。アイレンのようにテキパキとはいかなかった。


「なあなあ、シュウト。おら、腹がへったぞ」


 ずたろうが言った。


 このままではマズい。悩んでいる余裕などない。シュウトの心に焦りが生まれた。


 腹を空かせた食いしん坊な獣をいつまでも放置していれば、そのうち空腹をガマンできずに暴れだし、獲物を求めて飛び出していくことさえ考えられる。猛獣の檻ともいえるアイレンが不在のいま、自分がやるしかないのだ。


「わかった、わかった。おまえも手伝ってくれるな」


「はやく食えるんなら、おらもがんばるぞ!」


 食欲を満たすためにずいぶんと張り切るずたろう。足りない身長を補うために踏み台に立ち、手──もとい前足には包丁が握られている。


「じゃあそこに置いてある食材を適当に切ってくれ」


「わかった!」


 と元気に返事をして作業をはじめる。箸すら器用に使いこなせるずたろうにとっては包丁の扱いなどお茶の子さいさいだ。しかしその割には切り方が大ざっぱで大きな塊がごろごろしている。


「もう少し小さく切ったほうがよくないか?」


 シュウトが鍋を火にかけながら言った。


「おらはでっかいほうが食いごたえがあって好きだぞ」


「煮えるまで時間がかかるが──」


「ちっちゃく切る!」


 今度はみじん切りにでもしそうなほどに切りまくる。


 勢いに乗ったずたろうがキッチンの端に置いてあったキノコを取ろうとしたところ、シュウトがその前足をつかんだ。


「ちょっとまった。それは切っちゃいかん」


「なんでだ?」


「毒があるんだ。間違えて採ってきてしまった」


 アイレンから教えを受けたシュウトであったが、完璧に見極めることはまだできなかった。彼女といっしょのときはその場で確認してもらえるが、不在のときには家にもどってから図鑑で調べる必要があるのだ。


「ふぅん。うまそうなのになぁ……」


 ずたろうは名残惜しそうにキノコを見つめる。


「よし、切り終わったな。あとはおれがやるから、おまえはおとなしく待ってろよ」


「うん、まかせたぞ! でもシュウト、おめえに料理なんてできたっけ?」


 ずたろうはシュウトを見あげて小首をかしげる。


「いや、まったく」即答してつづける。「だが料理なんてものは簡単だ。食材を切って鍋に放り込み、みそを溶く。それだけだ」


 日本の誇る伝統的健康調味料、みそ。その代表的な料理、みそ汁。シュウトにもできそうなものといえばこれくらいしかなかったが、みそ汁という料理は野菜とみその栄養を余すことなくいただける健康食なのだ。


 ちなみに、みそは火を止めてから溶くとよい。加熱すると風味が損なわれてしまう。


「たしか──これだな」


 調味料の入った容器が並ぶ棚から、シュウトは茶色いつぼを選び取った。ふたをあけると、そのなかには緑色のどろっとしたものが入っていた。


「んー?」


 ずたろうがつぼに顔を近づけて鼻をひくひくさせる。


「どうかしたか?」


「これ、みその匂いじゃないぞ。しかも緑だし。ほんとにみそか?」


 じとーっ、とずたろうが疑惑の目を向ける。


「味も匂いも見た目も、おれの知るみそとはかけ離れてるな」


「じゃあ、やっぱり違うんでないかい?」


「おれも最初はそう思ったんだが、アイレンはこれをみそだと言っていたからな。たぶん、みそなんだろう」


「そっか、そっか。ならいいや」


 それでいいのか。思慮深さに欠けると言わざるを得ないが、それだけアイレンを信頼しているとも言える。


 ともあれ具だくさんのみそ汁が完成し、なんとか食事にありつくことができた。ふたりで協力してつくったみそ汁は、やはりふたりの記憶にあるものとは味が違っていたが、気にせずにおいしく完食したのだった。

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