#51 頂上決戦
「なあなあ、シュウト。さっきからなんの話なんだ?」
ずたろうがシュウトの学ランの裾をくいくいっと引っ張った。
「誤解を解きたいんだ。あいつも必勝かつ丼を食べたらしいんだが──」
「なんだあ? あいつも最強になったのか?」
「ああ。少なくとも、本人はそう思ってるらしい」
「むむむっ、ゆるせーん! おらだって最強になったんだ! どっちがほんとの最強か、決着をつけてやるぞー!」
「おい、やめとけって──」
ずたろうはシュウトの制止を振り切って走っていく。ただの思い込みとはいえ、いまのムバフはソヨギを圧倒するだけの力を持っている。うかつに近づけばそのまま捕らえられてしまうかもしれない。
「ちぇすとぉ!」
ソヨギと戦闘中のムバフに背後から飛びかかる。
『おぉーっとぉ、乱入者だぁ! あれは前回の決闘にあらわれたしゃべるワンちゃんではありませんか! 無差別乱闘のはじまりかぁ!』
「ふっ、甘いわ!」
奇襲を察知していたムバフはすばやく反応し、振り向きざまに木刀でなぎ払う。敵の動きを完璧にとらえた必中の一撃。
しかし、ずたろうは空中で華麗に身をひねってこれを回避し、そのままムバフの顔面目がけて突撃していく。
「よけただとぉ!」
「ずたろうパーンチ!」
ネコパンチならぬイヌパンチが炸裂。ムバフ自慢の美しい顔──というのは本人が主張しているだけで諸説ある──にずたろうの小さなこぶしがめり込んだ。
ぐふぅ、と声をもらしてヒザからくずれ落ちるムバフ。ばたり、と地面にうつぶせに倒れ込んだ。
「くそう。なぜだ、なぜ負けたのだ! ボクは大盛り必勝かつ丼一杯をたいらげてきたというのに! 絶対無敵の最強になったはずなのに! それがどうして、どうしてこんなイヌなんかに!」
ムバフは何度も握りこぶしを地面に叩きつける。完璧だと思っていた一撃がかわされ、さらにはあのような情けないパンチで一発ノックアウトされた。彼の目に悔し涙があふれてきた。
「おめえじゃおらには勝てねえ」
「なんだと?」
ムバフが顔をあげる。すぐ目のまえにはずたろうがいて、彼を見おろしていた。
「なぜなら──おらは特盛必勝かつ丼を三杯食べてきたからだ!」
「なっ、なぁにぃ!」雷にうたれたような衝撃を受けるムバフ。「ボクにはムリだろうとあきらめた特盛を……しかも、三杯もだと!」
「安かったからつい食っちまった。味はいまひとつだったけどな」
「ふっ。ボクの──完敗だ」
そう言い残し、ムバフはがくりと力尽きる。完全敗北を受け入れた彼の表情は極楽往生をとげたように安らかだった。
「ありがとな、特盛必勝かつ丼。おめえのおかげで勝てたぞ」
ずたろうは空を見あげる。風に流されてゆく雲のかたちが、一瞬だけ山盛りのかつ丼に見えた気がした。
「────いやいや、一杯とか三杯とか完敗とか、そういう話じゃねえだろ! 根本的に間違ってるんだって!」
観客たちがあっけにとられて静まりかえる場内。勝手に話をシメようとしているずたろうに耐えかね、レンジがツッコミをいれた。
「いいじゃないか、レンジ。理由がどうであれ、勝ちは勝ち、負けは負けだよ」
ソヨギが言った。疲労感をただよわせていたが、その表情はどこか晴ればれとしている。空を見あげてよだれを垂らしていたずたろうをひょいっと抱きかかえ、ふかふかのあたまを撫でた。
「この試合はきみの勝ちのようだね、ずたろうくん。きみがこんなに強いなんて知らなかったな。まさか彼をワンパンするなんて」
「必勝かつ丼を食ったからな。いまのおらは最強だ!」
ふふんっ、とずたろうはソヨギの腕のなかで自慢げに言った。
「きみたちがさっきから何度も言っているが、その必勝かつ丼とはなんだい?」
首をかしげるソヨギにレンジが説明する。強さの秘訣となったインチキ商品のこと。単純ゆえの激しすぎる思い込みのこと。
「だからな、おまえのほうが弱かったってわけじゃねえんだよ」
静かに話を聞いていたソヨギが首を横に振る。
「いいや、やっぱりわたしの負けさ。たとえ思い込みだったとしても、彼の気迫だけは本物だった。わたしは、彼の心の強さに負けたんだよ。心、技、体。すべてがそろってはじめて真の強者となれるんだ」
心の強さではなくただただ単純なだけなのだが、とシュウトは思ったが、余計な口をはさむのはやめておく。
「まあ、おまえがそれでいいならいいけど」
「自分の弱さを認めることは強者への第一歩だよ。さて、わたしは一から修行をやり直すとしようかな」
「おう、そうか。がんばれよ」
「──そうだ、きみもいっしょにどうだい? どうせ研究室にこもってばかりで、からだがなまっているんだろう。うん、それがいい」
ソヨギが笑顔でうなずく。
レンジは渋い顔で後ずさる。
「はあ? 勝手に決めんな。おれはイヤだね」
「そんなことを言わずに、わたしのためと思って協力してくれ。きみも健康になれて一石二鳥だよ」
「ぜってぇイヤだ! おまえの修行は厳しすぎるんだよ!」
レンジの脳裏に浮かぶ幼き日のトラウマの数々。ソヨギの修行がいかにおそろしいかを、シュウトたちは知らない。
「つれないな、レンジ。幼なじみのよしみじゃないか。さあ、行くよ!」
ソヨギがレンジの首ねっこをつかんでずるずると引きずる。彼の力では敵うわけもなく、なす術なく連行されていった。
「やめろぉ! だからおまえは苦手なんだぁ──」
あわれな男の悲痛な叫びが遠ざかり、そして聞こえなくなった。シュウトは目を閉じ、友の無事を祈る。
観客も帰って静寂に満たされた闘技場に、ぐぅ、とだれかのおなかの鳴る音が響く。案の定ずたろうがおなかをさすっているため音の発信源はすぐに特定された。
「ふぅ、動いたらおなかすいてきたな。シメのラーメンでも食うとするか」
「まだ食べる気か? 家で三杯、そのあとに特盛かつ丼三杯だろ。しかも焼き鳥まで食べてたよな」
「いくらでもいけるぞ。でももうおこづかいが残ってないんだ。シュウト、おごっておくれ」
こいつの胃袋と食欲は底なしだな、と驚きを通り越してあきれるシュウト。断っても断ってもしつこく駄々をこねてくるずたろうに困り果てている。
「ずたろうちゃん、いけませんよ!」
と、険しい表情のアイレンから助け舟が出された。
「うわぁ、アイレン! 聞こえてたのか!」
「ばっちり聞こえましたよ。さすがに食べすぎです。そんなわるい子は晩ごはん抜きにしちゃいますからね!」
「えぇーっ! そんなぁ……おら死んじゃうよぉ……」
ずたろうは瞳をうるうるさせながらアイレンにすがりついた。シュウトに対しては傍若無人に振る舞っていたずたろうも、一家の台所を取り仕切るアイレンには逆らえないのだ。さっきまでとは打って変わって弱気な姿勢で泣き落としにかかっている。
「そんな目をしても、ダメなものはダメです。おなかをしっかり休めてあげないといけません。おなかが過労死してしまいますよ。そうなるともうごはんは食べられなくなりますから。それでもいいのですか?」
「うぅ、それは困るぞ」
「でしたら、今日はもうガマンしましょうね」
こくっ、とずたろうが納得いかない様子でうなずいた。アイレンはそんなしょぼくれたずたろうを連れて帰っていく。
シュウトは空を見あげる。夏の空は青く澄みきっている。視線を落とせば、広い闘技場にポツンと取り残されたムバフ。そしてソヨギに引きずられていったレンジに、アイレンにさとされたずたろう。すべてが丸くおさまった。今回はほとんど出番のなかった彼も、自宅へ向けて歩きだした。
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