#50 込みあげる思い
『一旦の小休止を終えまして、両者がふたたびぶつかり合います! 第二ラウンドの開始です! ソヨギ選手に逆転の秘策は生まれたのでしょうか。それとも、なぞの怪人ことムバフ選手が、このまま圧巻の試合を見せつけるのでしょうかぁ!』
試合が再開されたが、ムバフの言う通り状況はなにも変わっていなかった。ソヨギは劣勢をくつがえすことができず、ムバフは涼しげな表情をくずさない。
「あっ、いたいた。もぐもぐ──おーい」
頭上から声が聞こえ、ずたろうがぴょんっと飛び降りてきた。シュウトたちが観客席にいると思って探していたのだろう。
「ずたろうか。どこ行ってたんだ──って、聞くまでもないか」
疑問の答えは一目瞭然。ずたろうの口には焼き鳥の刺さった串がくわえられている。ほぼ間違いなく買い食いをしていたのだろう。買わずに盗んできたことも考えられるのだが、ずたろうは教えてもないのに人間社会の決まりごとを理解していたから、その可能性は限りなく低い。
「これはそこの屋台で買ったんだ。さっき行ったのは、ほれ」
シュウトに渡された一枚の紙。それはずたろうが熱心に読んでいたもので、近所に新規オープンした飲食店の宣伝だった。チラシの半分ほどを使って店主イチオシの看板料理がでかでかと紹介されている。
「なんだよこれ。こんなの食べに──」
「しーっ!」
ずたろうが口のまえに指を立てた。そしてソヨギの応援に集中しているアイレンの様子をチラチラと確認する。
「どうした、急に」
「食いすぎると怒られるんだ。アイレンにはナイショだぞ」
と小声で言って、ずたろうはアイレンのもとへ行き、いっしょになってソヨギを応援しはじめた。彼にもムバフは敵として認識されているのだ。
「ずたぶくろうのやつ、なにコソコソしてたんだ?」
「別にたいしたことじゃない。これを」
シュウトはずたろうから受け取ったチラシをレンジに手渡す。なになに、とレンジが読んでみる。そこにはこう書かれていた。
『ここ一番の勝負にはこれ! 食べればきみも最強に! その名も、必勝かつ丼!』
「くっだらねえな。こんなのを信じるやつなんているのかよ。もしいたとしたら、そいつは相当なおろかものだぜ」
「まったくだ。こんなことで最強になるなんてバカげて──」
シュウトは言葉を切った。ひとつの考えが思い浮かんだからだ。一見するとばかばかしいだけだが、よくよく考えてもやはりばかばかしい考えが。
「おまえも気づいたか、シュウトよ」
「レンジ、おまえもか」
「ああ。おれもそう思うぜ」
「やはりそうか、そうだよな」
すべてを語らずとも意思伝達のできたふたりは、顔を見合わせて「わははは!」とわざとらしく笑った。
「いやいや、そんなバカな話があるわけねえ! あの不審者野郎がかつ丼で最強になったなんてな!」
「そうとも言い切れない。あいつはバカげた話を現実にしてもおかしくないほどの大バカだ。十分にありうる」
「いくらあいつがバカでも、かつ丼を食っただけで実際に強くなるなんて、とても信じられねえよ」
「思い込みが人体に影響を与えるプラシーボ効果というやつだろう。仮にインチキ商品だったとしても、起こった変化は本物だ」
「それにしたっておかしいだろ。ソヨギだっておまえがあらわれるまでは無敗だったんだぜ? それを圧倒する力と気迫が身につくわけが──」
「おそらくふつうの人間にはムリだろうな。だがあいつはふつうじゃない。おそろしいほどに単純なバカだ。常識が通用しない並々ならぬ思い込みなんだろう」
ふむ、とレンジは腕組んで考える。
「じゃあどうすりゃいい? おまえの考えた仮説が正しかったとして、どうすりゃ打開できるんだよ?」
「簡単なことだ。勘違いだと教えてやればいい」そう言って、シュウトがムバフに呼びかける。「おい、変態ストーカー男」
「だれが変態ストーカーだ!」
ムバフは瞬時に目のまえまでやってきた。
「おまえもしかして、必勝かつ丼とかいうやつを食べたんじゃないのか?」
「ほう、よくわかったな。キサマの言う通りだ。ボクは必勝かつ丼を食べることで最強となったのさ!」
「やっぱりか。おまえな、またダマされてるぞ」
「ん? どういうことだ?」
首をかしげるムバフ。レンジがシュウトに代わって教えてやる。
「最強になったなんて、おめえの思い込みなんだよ! かつ丼を食っただけで強くなれるわけねえだろうが!」
「ふっ、なにを言うかと思えば。そんなウソにダマされるボクではないわ!」
「はあ?」
「よおく見たまえ。現実に強くなったボクの雄姿を! この女も相当な手練れのようだが、ボクのまえには赤子同然ではないか! それはつまり、必勝かつ丼が本物であることを証明しているということさ!」
と言って、ムバフは大口をあけて高笑いしながら戦いにもどっていった。
「ううむ、間違ってはいないんだよな」
シュウトはうなずいた。
「おまえが納得してどうする! 打開は簡単なんじゃなかったのかよ!」
「理論上はそのはずだった。だがあいつの単純さのまえでは机上の空論にすぎなかった、ということだな」
「なにのんきに茶でもすすってそうな平気な顔してやがんだよ!」
レンジがシュウトの胸ぐらをつかんでガクガクとゆすった。
「落ち着け。おれに八つ当たりしても無意味だ」
シュウトはあくまでも冷静に言った。
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