#49 最強となった男

『ソヨギ選手がふたたび斬りかかる! 挑戦者が軽々とかわす! スランプでしょうか、ソヨギ選手にいつものキレがありません!』


 実況を担当しているのはおなじみのヒイキメ・ミルヨだった。前回と同じく番狂わせの起こった試合に、マイクを握る彼女の手にも力がこもる。


 大勢の観客が見守るなか、ソヨギが勇猛果敢に攻撃を繰り出しているが、ムバフはそれらを楽々かわしていた。ひとたび攻守が逆転すれば、彼女はかわすどころか受けるので精一杯でとても反撃に出る余裕がない。


「おい、ソヨギ!」


 レンジが大声で呼びかける。その声に気がついたソヨギは一旦ムバフと距離を取り、近くまでやってきた。


「やあ、レンジ。応援に来てくれたんだね」


「なに手加減なんかしてんだよ! そんなへっぽこ野郎、おまえならさっさとやっつけられるだろ!」


「へっぽこ、か。たしかに彼の太刀筋は未熟そのものだけど、わたしは最初から本気で戦っているつもりなんだ。それなのになぜか勝てない──いいやちがう、勝ってはいけないような、そんな気がするんだ……」


 常に全力をよしとするソヨギはこの不思議な気持ちに戸惑いを隠せなかった。無意識に手加減してしまうなどこれまでに経験したこともない。これといった打開策も思いつかずに苦戦を強いられていた。


「はあ? なに言ってんだ?」


「わたしにもよくわからない。ただ彼からはオーラというか、達人だけが放てる気迫のようななにかを感じるんだ──」


 ソヨギはめずらしく弱気な表情を見せながらも戦いにもどっていった。


「おい、シュウト。あのムバフとかいうやつ、ただの不法侵入者なんじゃねえのか? なのになんでソヨギが劣勢なんだ? なんか情報はねえのか?」


 レンジもこの異常事態に焦っているのだろうか、シュウトの肩をつかんで前後にゆすり、質問攻めにする。


「情報と言われても……」シュウトはゆすられながらあごに手を当てて考え込むが、彼の知っているムバフに関する情報といえばただひとつしかなかった。「バカ、ってことしか知らんな」


「──それだけか?」


「それだけだ」


「もっとなんかねえのかよ!」


「うさんくさいキャッチセールスや通販番組を頭から鵜呑みにするタイプだ。詐欺師にだまされてあっさり金を払う。最終的にはバカの一言に尽きる」


「じゃあ、剣のほうは? バカでもウデは一流ってこともあるだろ?」


「ド素人だ。少なくともおれと戦ったときにはな。そのあとでウデを磨くには時間がなさすぎたから、修行で強くなったとは思えん」


「そうか……」


 レンジの表情は晴れなかった。シュウトからもたらされた情報では、ソヨギが苦戦している異常事態の説明がつかない。「がんばってー!」とソヨギに声援を送っているアイレンにもたずねてみることにした。


「アイレンちゃんはなにか知らない? あの不審者のこと、なんでもいいんだ」


「そうですね……ガンコな油汚れのようなお方だと思います」


「不潔ってことか」


「しつこい、という意味です」


 聖女の衣がずた袋に姿を変えてシュウトの手に渡るまで、アイレンは衣を狙うムバフにしょっちゅう追いまわされていた。


「とにかく、ソヨギが負けるような相手じゃねえってことだけはわかった。だったらなんであいつは苦戦してるんだ……」


 レンジがうつむいて唇をかんだ。


「そういえば、今日はソヨギさんの心配をされているのですね、レンジさん。このまえはシュウトさんを応援されていたのに」


 アイレンのいい質問。


「そういえばそうだな。ソヨギは苦手だ、とか言ってし」


 シュウトも好奇の目を向ける。


「そ、そんなことはどうだっていいじゃねえか。あんな不審者が勝つのがガマンならねえだけだよ!」


 レンジはむきになって反論する。


 と、そこに不吉な笑い声が響いてきた。


「ふはははははは! キサマらも来たのか。最強となったこのボクの完全勝利を見届けるために!」


 ムバフが三人のもとに近づいてきた。手には木刀が握られている。生徒が使っているものを借りたのだろう。ソヨギは離れたところで膝をついていた。


「おまえの負けを笑いに来たんだよ」


 シュウトが答えた。


「強がりを言っていられるのも今のうちだ。あの女に勝ったら次はキサマだ。今度こそキサマを倒し、その不思議な袋となぞの生き物をいただこうか!」


 ビシュっとシュウトに木刀を向けるムバフ。


「なぞの生き物──ずたろうのことか」


「そうだろうな。ほかに思い当たらねえし」


「なぞではありません! 大切な家族です!」


 ひとりだけ見解の相違が見られるが、なぞの生き物がずたろうのことを指しているという点では一致していた。


「なにをごちゃごちゃ言っている。ボクが勝ったらおとなしく渡してもらうぞ」


「断る。というか、おれにそんな権利はない」


「なぜだ、キサマのペットではないのか?」


「ちがうな。仮にペットだったとしても、その命も生き方も本人のものだ。他人が所有権を主張したり売り買いしていいものではない」


「ふんっ。キサマの意見などどうだっていい。欲しいものは力ずくでも奪う。それがボクのやり方なのさ」


「奪えたためしはあるのか?」


「う、うるさい、うるさーい!」図星をつかれて木刀を振りまわす。「なんなら、いまここでキサマを倒してもいいんだぞ」


 ムバフがシュウトに向かって一歩踏み出す。


「待ちたまえ」


 そこへ息も切れぎれなソヨギが近づいてきて言った。


「なんだ、まだやろうというのか」


「わたしは負けていないよ。さあ、試合を続けよう」


「よかろう。何度やっても同じだがな」


 ニヤリ、とムバフは余裕の笑みを浮かべた。

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