#48 意外や意外
「はぁ、はぁ──どうしてこんなことになっちまったんだ。おれは体育会系じゃねえってのによ──」
ボロアパートから騎士学校へと続く街路。真昼の太陽のもと、シュウトご一行はマラソン大会に精を出していた。
「だらしがないな、レンジ。そんな体力じゃ美化委員はつとまらないぞ」
「おれは美化委員なんかじゃねえし、なりたくもねえよ。それにしても、速すぎねえか、アイレンちゃん」
レンジの見据える先にアイレンの姿があった。麦わら帽子をかぶった少女はスカートをひるがえし、人混みのなかを風を切るように駆けぬけてゆく。
「それなら、山歩きに慣れているからだな。普段の生活のなかで鍛えられているんだろう。おれもアイレンには敵わない」
「山歩きって、いったいなにもんなんだよ、あの娘」
レンジはアイレンとはじめて会ったときの会話を思い出す。シュウトのことを行き倒れていたところを救ってくれた恩人と呼び、ずたろうのことを家族だと言い張り、聖女の加護だのというオカルトめいた発言をしていた。
「なんでも、聖女の末裔らしい」
「聖女だあ? そんなまゆつばみてえな話を──」
「信じたくないのなら、それでいい。おれも最初は疑っていた」
「いまは信じてるってのか?」
「ああ。聖女の衣の力は、おれが一番身をもって知っているからな」
シュウトがずた袋にふれる。まるで生きているかのような熱を感じる。ずたろうが入っているからか。
「聖女といえば、こんな伝承を聞いたことがあるな。千年前に世界を滅ぼそうとした存在と戦ったとかなんとか。たしか、アイリーア・ミグメイアだったか」
「よく知ってるな」
「まあ、ただのおとぎ話だろうけど──って、アイレンちゃんの名字もたしか──」
「ミグメイアだ」
「おいおい、マジかよ。おとぎ話じゃねえのか? 実在するはずねえよな。でもあの袋のこともあるし、ううむ……」
シュウトはあたまを抱えるレンジの姿に既視感を覚えた。まるでアイレンと出会ったばかりの自分を見ているかのようだ。初対面のときには聖女や千年前の衣だなんて話はこれっぽっちも信用できなかった。
「むむむっ」
と、突然ずたろうがなにかに反応して顔をあげる。家を出るまえからずた袋のなかで紙を食い入るように眺めていたのだが、急にきょろきょろとあたりを見まわしはじめた。
「どうした、ずたろ──」
「そこだー!」
シュウトの言葉をさえぎって、ずたろうがロケットのように飛び出した。
「うおっと、なんだなんだ?」
そして勢いそのままに薄暗い横道へと走って行く。シュウトは立ち止まって路地裏をのぞき込むが、俊敏な獣の影はすぐさま消えてしまった。
「まったく、どこ行ったんだか」
「おーい、シュウト。置いてくぞ」
「ああ。すぐ行く」
放っておいても大丈夫だろう。ずたろうはいつもひとりで出歩いているし、腹が減ったら帰ってくる。学校の場所も知っているからあとで合流するつもりなのかもしれない。シュウトはレンジたちのあとを追いかけた。
正午を少し過ぎたころ、シュウトたちは騎士学校内にある闘技場にたどり着いた。周辺には屋台が立ち並んで相変わらずのお祭りムードだった。シュウトの受け取ったチラシにはこう書かれている。
『騎士学校にあらわれた謎の怪人! 美しき女剣士が平和のために立ちあがる!』
このビラを見たムバフは顔を真っ赤にして怒り散らしたことだろう、と容易に想像がついた。この扱いはさすがにかわいそうかなと一瞬だけ同情しかけたシュウトであったが、いままでにムバフから受けた迷惑行為の数々を考えれば、やつにかけてやる情けなど持ち合わせてはいないとすぐさま思いなおした。
「間に合ったみたいですね!」
アイレンが言った。闘技場から観客たち──ほぼすべてソヨギのファン──の声が聞こえていたため、まだ試合が終わっていないとわかった。
「もう決着がついてると思ったんだがな。開始が遅れたのかもしれない」
「いや、ちがう。なんかおかしい」
すぐさまシュウトの推測を否定したレンジは、闘技場から聞こえてくる音に耳をかたむけていた。
「なにがおかしいんだ?」
「ソヨギが優勢なら明るい歓声になるはずだろ? でも聞こえてくるのはどよめきの声って感じだ。シュウト、おまえと戦ったときみてえにな」
「──たしかにそうだな。なにが起こっているんだろう」
「行ってみればわかりますよ。さあ、急ぎましょう!」
「まってアイレンちゃん、そっちはダメだ」レンジが正面入り口から入ろうとするアイレンを引きとめる。「そっちから行くとソヨギファンで満員になってるはずだ。選手用の入り口を使おう」
「はい。わかりました」
レンジのアドバイスに従って裏手にまわった。途中で「関係者以外は立ち入り禁止です」と係員に呼び止められたが、「昨日の敵は今日の友なのです! 立派な関係者なのです!」というアイレンの熱意ある説得によって事なきを得る。
そしてソヨギ側の入場口までたどり着いたとき、彼らは思いもよらぬ光景を目の当たりにすることとなった。
「おいおい、ウソだろ……」
レンジがぼう然としてつぶやく。シュウトも自分の目を疑った。それもそのはず、彼らが見たのは圧勝どころかムバフに圧倒されているソヨギの姿だったのだ。
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