#47 昼食は騒がしく

「おかわりーっ!」


「食べすぎはからだに毒ですよ、ずたろうちゃん。三杯でガマンしてください」


 ずたろうが差し出してきた茶碗を、アイレンがきっぱりと押し返した。彼女は分け隔てなく無償の愛を与える少女であったが、ぶぅぶぅと不平不満を口にする柴犬を甘やかすことなく毅然とした態度で接していた。


 ここまではシュウトたちの家でのいつもの光景であるが、この日はいつもと違うことがひとつだけあった。


「意地汚ねえやろうだな、まったくよ」レンジが言った。ずたろうのとなりに座ってごちそうになっている。「まあ、気持ちはわからんでもねえけど。アイレンちゃんの手料理はめちゃめちゃうまいし」


「ふんっ、だ。おらは食べ盛りだからいいんだ」


「そんなに食ってるとぶくぶく太っていくだろうよ。名前のとおりパンパンの袋みたいになっちまうぜ、ずたぶくろう」


「おらはずたろうだ! それに、おらはいくらでも食べられるし、いくら食べても太らないんだい!」


 ほんとかよ、とレンジは疑いの目を向けるが、たしかにずたろうの体型はいつも食べてばかりにしてはスリムな柴犬そのものだった。


「どんなからだの構造をしてんだか。胃袋が特殊なのかもな。よし、いまからおまえはいぶくろうだ。そのほうが似合ってるぜ、いぶくろう」


「おらはずたろうだい!」


 ソヨギとムバフの決闘の日。仕事が休みのシュウトが午前中を自宅でゆっくりと過ごしていたところ、教えてもらった住所を頼りにレンジが訪ねてきた。


 はじめはボロアパートをめずらしがって笑っていたレンジだったが、シュウトがアイレンと同居していることを知ってから「若い娘が男と同居なんていかーん! お父さんは認めんぞー!」などと意味不明なことを言って怒鳴りだした。散々文句を並べたてたあげくに腹が減ったと騒ぎだし、アイレンが用意した昼食をみんなでとりはじめたのだが、においを嗅ぎつけて昼寝から起きてきたずたろうとバトルが勃発し、ケンカをしては食べてを繰り返しているのであった。


「それで、えーっと、シュウトさんがこのまえ戦った女性と、聖女の衣を狙ってきた方が、今日決闘するということなのですね」


「ああ、そういうことだ」


 そんなひとりと一匹をよそに、アイレンとシュウトは食事をおえてくつろいでいる。


「でも、どうしてでしょう。聖女の衣が欲しいのなら、ソヨギさんと戦う意味はないのではないですか?」


「ふむ、たしかにそうだな。どうしてこうなったんだろう」


 首をひねって記憶の糸をたどってみるが、成り行きとしか言いようがなかった。ムバフの目的がお宝ではなく自分を打倒することに切り替わったのだろうか。ソヨギに勝ったあとに自分を倒すつもりなのだろうか。なんにせよ、バカの思考は想像するだけムダなのかもしれない。


「なんにせよ、おれとしては助かったな。観客席でソヨギが勝つのを黙って見ていればいいだけだし」


 シュウトはのんきにお茶をすすった。勝敗は火を見るよりあきらかだ。ソヨギが負けるわけもなく、彼の出番が来るはずない。だからこそ、彼はこうして自宅でゆったりとしていられるのだった。


「応援には行かれるのですね。いつはじまるのですか?」


「正午だ」


「そう、ですか。あの、もうすぐお昼なのですが」


「えっ」


 壁にかけられた時計を確認する。十二時五分前。遅刻確定。


 しまった、のんきしすぎた。シュウトは急いで支度をはじめ、ずたろうとたわむれているレンジに呼びかける。


「おいレンジ、遊んでる場合じゃないぞ。遅刻だ、遅刻」


「あー、もうこんな時間か。まあ、気にすんなって。応援にいく約束をしたわけでもねえし、結果なんて見なくてもわかるだろ。あいつが負けるわけねえんだから。行かなくたって問題ねえよ」


 投げやり気味に答えるレンジ。彼はムバフのことをなにも知らないはずだがソヨギの勝利を疑っていない。それだけ彼女の実力を信頼しているのだろう。つい最近シュウトに負けたばかりなのだが、あれは例外というか事故みたいなものと思われているのか。


「それはそうだが、いちおう見届けるべきだろう。ムバフはもともとおれを狙ってきたわけだし。それに、おまえの大事な幼なじみなんだろ?」


「だからそんなんじゃねえって──でもまあ、いつまでもここでくつろいでるわけにもいかねえか。しかたねえ、行くとするか」


 レンジが重い腰をあげた。


「おらも行くぞー」


 ずたろうもあとにつづく。


「先に言っておくが、今日は弁当はないからな」


「弁当が目当てじゃないもんねー」


 どうだか、といぶかしむシュウト。ずたろうはなぜだか張り切っているようにも見えるが、決闘観戦を楽しむようなやつだったかしら。


 ずたろうはぴょんっと跳ね、シュウトが首から下げているずた袋のなかにもぐり込んだ。上半身を外に出した彼の手には一枚の紙が握られていて、ふむふむと言いながら熱心に読んでいる。


「アイレンはどうする?」


 シュウトがたずねるが、部屋のなかに彼女の姿は見当たらなかった。


「みなさん遅いですよー! はやく行きましょう!」


 玄関のほうからアイレンの元気な声が聞こえてきた。帽子をかぶって準備万端の状態だ。ちんたらしている男たちを待ちきれずに先に外へ出ていった。

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