#46 最強と最弱

「また忘れたというのか! ボクの名はムバフ。さすらいのトレジャーハンターさ。キサマとは何度も戦っているだろうが!」


「──ああ、おまえか」


 シュウトは少し考えたあと、ポンっと手を叩いた。


「ふっ、ようやく思い出したようだな。この美男子のことを」

 うんうんと満足げにうなずくムバフ。


「よく思い出した」シュウトはそんな彼を無視して学校長に告げる。「こいつはさっさと衛兵に突きだしたほうがいいですよ」


「な、なにい!」


「やはり、盗みに入ったのですか?」


「泥棒というか強盗というか。しかも変態ストーカーです。悩む余地はない」


「強盗でもなければストーカーでもない! ボクはな、キサマを倒すためにずっと探していたのさ!」


「だからそれがストーカーなんだってば。それに、おまえは二度も負けてるだろう。もうあきらめろ」


「ふはははははは! 甘く見てもらっては困るな。あのときのボクと同じだと思うなよ。いまのぼくは桁違いに強いぞ!」


 その言葉を聞いたソヨギの眉がピクリと動いた。


「あー、わかったわかった。続きは署で聞いてもらえ。守衛さん、おねがいします」


「待ていっ! まだ話は終わってないぞ! あっ、やめてぇ──」


 守衛に連行されそうになって情けない声を出すムバフ。シュウトはこれで一安心だとほっとするが、残念ながらそううまくはいかなかった。


「ちょっと待ってください」待ったをかけたのはソヨギだった。「きみ、本当に腕に自信があるのかい?」


「もちろんさ! いまのボクは無敵になったのだよ!」


 満面のドヤ顔で語るムバフだが、ソヨギは疑いのまなざしを向ける。


「そうは見えないな。きみの身のこなしは素人そのものだ」


「なにおう! キサマ、最強となったボクの強さがわからないというのか!」


「まったくね。でもなにか秘策があるようだし……」ソヨギは悩んだ末に言った。「じゃあこうしよう。わたしと決闘しようじゃないか」


「決闘? まあいいだろう。ボクの実力を思い知らせてやる!」


「いやいや、よくねえだろ」勝手に話を進めているソヨギとムバフのあいだにレンジが割り込んだ。「そいつは生徒じゃないどころか変質者なんだろ? 許されるわけねえよ。そうですよね、校長先生」


「かまいませんよ」


「そうそう、ムリに決まって──って、えええぇ! いいんですか!」


 学校長の意外な答えにレンジは声を大にして驚いた。


「ええ。わが校に忍び込もうとする勇気あるコソ泥など、久しぶりに見ましたからね。特別に許可しましょう」


 学校長はいつものおだやかな表情で言った。そして守衛に手錠を外すように指示する。


 王立エルトリエ騎士学校は厳重なセキュリティに守られていて不審人物は即刻捕らえられる。その警備のかたさは広く知られているため、まともな犯罪者たち──犯罪者の時点でまともではないのだが──からは敬遠されていた。


 実際には勇気じゃなくてただのバカなんだが。ムバフのおろかしい発言や行動の数々を思い出し、シュウトは心のなかでツッコミをいれる。


「ありがとうございます。さすが校長先生、懐が広い」ソヨギは学校長に感謝の言葉を告げてムバフに向き直る。「ムバフくん、だったかな。決闘は明日の正午でどうだい?」


「いいだろう。それまでに首を洗っておくんだな。それと校長とやら」


 ムバフは学校長にビシっと指を突きつける。


「なんでしょう」


「寛大な処置には感謝するが、後悔することになるぞ。キサマの生徒がぼろっかすに負ける姿を、その目で拝むことになるのだからな!」


 ムバフはそう言い残すと「ふはははははは」と高笑いをしながら勢いよく校長室から飛び出していった。その自信はいったいどこからやってくるのだろうか。このなかでただひとり彼のことを知るシュウトにはさっぱり思い当たらなかった。


 その直後、「廊下を走るな!」という怒声が聞こえ、それまで響いていた笑い声と足音はピタリとやんだ。


 騒音の元凶がいなくなり静まり返った校長室。みなが珍客にあきれ返った校長室。ソヨギの笑い声が沈黙を破った。


「ふふふっ。ゆかいな人だね」


「遠くから見るだけならな。追いまわされるのはいい迷惑だ」ふぅ、とシュウトは小さくため息をつく。「そういえば、日時を勝手に決めていいのか? すでに予約が入ってる可能性も──」


「それなら心配いらないよ。闘技場を利用する生徒は少ないからね。だいたいいつでも使えるんだ」


 最近はシュウトを打ち倒して名をあげようと躍起になる生徒が増えたが、以前はソヨギに挑む者などほとんどおらず、開店休業状態だったのだろう。


「じゃあ、なんでまた正午なんだ? なにか理由でもあるのか?」


「太陽が天高く昇っていると、果たし合いをしているな、という雰囲気が出ると思わないかい?」


「すまんが、おれにはさっぱりわからん」


「そうかい。きみも場数を踏めば、きっと実感できる日が来ると思うよ」


 きっといつまでもわからないだろう、と思うシュウトであった。


「それではわたしもこれで失礼するよ。明日のために準備があるからね。またね、シュウトくん、レンジ」


 と言って、ソヨギは去り際に一礼してから部屋を出ていった。


「さて」と学校長がぱちんと手を叩いてふたりの注意を引く。「思わぬ来客がありましたが、特待生の話を忘れないでくださいね」


「いや、さっき断ったんですが──」


「気が変わったらでかまいません。いつでも言いに来てください。歓迎しますよ」


「はあ、そうですか」


 なぜここまで自分にこだわるのだろうか。自分は取るに足らないふつうの人間なのに。シュウトには学校長の意図がわからなかった。しかし、レンジから見れば彼は並大抵の人間ではなく、学校長が彼にこだわるのも理解できた。ただし、特待生というより特異生という感じだが。


「あせって決めることはないってことだな。さあ、おれたちも行こうぜ」


「ああ」と返事をし、シュウトはレンジといっしょに学校長にあいさつして校長室をあとにする。シュウトは中断していた清掃員の仕事にもどり、レンジも自分の研究室に帰っていった。


 別れたあと、そういえばあいつはいったいなにを研究しているのだろうか、とシュウトはいまさらながら疑問を抱いた。

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