#45 ソヨギからぼた餅

「やあ、シュウトくん。息災のようだね。ずいぶんと人気者になったようだけど、平気かい?」


 入り口側の壁にもたれかかっていたソヨギが、つい先程のレンジと同じようなことを言いながら近づいてきた。


「ああ。決闘は全部断ってるし」


「断るだなんてもったいない。わたしならよろこんで受けるよ」


 腕が立ちすぎてなかなか手合せをしてもらえないソヨギには、シュウトのいまの状況が天国のように感じられた。相手を探さなくとも向こうから決闘を申し込んできてくれるというのは、カモがネギをしょってくるのと同じことだ。


「おれは決闘なんて興味ないからな。そんなことより、ここにいるってことはおまえも呼び出しをくらったのか」


「いいや、ちがうよ」ソヨギは首を横に振った。「わたしは自分から校長先生に会いに来たのさ。進言するためにね」


「進言?」


「お願いと言ってもいい。わたしにとっても学校にとってもいい話さ」


「ふむ。よくわからんが、そのお願いとやらとおれになんの関係が──」


「その先はわたしから説明しましょう」それまで黙ってふたりのやりとりを見ていた学校長が、おだやかに話しはじめた。「ソヨギさんから推薦があったのですよ。シュウトくん、あなたを特待生にしてほしいと」


「特待生?」


「優秀な生徒のことです。特待生は学費を免除されたり一般生徒よりも自由が約束されたりと、好待遇が与えられます」


「ちなみに、わたしも特待生だから推薦の権利があるんだ」


 この学校は優秀でなければ入学できないはずだ。つまり、エリートのなかのエリートということだろう。だが自分はそんなにすぐれた人間ではないし、そもそもただの清掃員であって生徒ですらない。


 そんなシュウトの考えを読んでか、学校長が先手を打つ。


「わが校は将来有望な若者を求めています。それが清掃員だろうと部外者だろうと、そんなことはささいなことです。あなたにはぜひ、特待生になっていただきたいものです」


 シュウトの背後でこそこそしていたレンジが耳打ちする。


「願ってもない棚からぼた餅だぜ、シュウト。これといったデメリットもねえし、すなおに受けといたほうが絶対にいい」


 シュウトはちらりとレンジに目をやり、学校長に向きなおって答える。


「お断りします」


「えっ──」


 意外な答えに驚いたソヨギから声がもれた。


 学校長は表情を変えない。


 沈黙を破ったのはレンジだった。


「おいおいおい! おまえはここがどこだかわかってねえのか? 国の内外から優秀な若者たちが集まる憧れの超名門校、王立エルトリエ騎士学校トーキョーキャンパスだぞ! 卒業すれば勝ち組確定。そこの特待生になれるチャンスを足蹴にするなんて、バカとしか言いようがねえ!」


 目のまえに差し出されたビッグチャンスを棒に振ろうとしているシュウトを見かねて、レンジは大声をあげずにはいられなかった。


「おや、その声はレンジだね。なにをこそこそしているんだい?」


 ソヨギが不思議そうにのぞき込んだ。


 やらかした、とレンジは渋い顔をしながらためらっていたが、やがて観念してシュウトのうしろから出てきた。


「よお」


「たしか決闘のときも応援に来ていたようだけど、きみたちは友達なんだね」


「まあな」


「ふたりは知り合いだったのか」


 シュウトは、以前にレンジがソヨギを苦手だと言っていたことを覚えていたが、ソヨギの様子からは仲がわるいようには見えなかった。


「そう。幼いころからの仲良しさ」


「ちげえよ。ただの腐れ縁だ」


 早速ふたりの主張が食い違った。


「つれないね、レンジ。よくいっしょに騎士ごっこをして遊んだ仲じゃないか。あのちゃんばらは楽しかったな」


 幼き日の思い出に浸るソヨギ。


「ふざけんな! ちゃんばらなんて生易しいもんじゃなかっただろうが! おれのことを散々ぼこぼこにしやがって!」


 怒りをあらわにするレンジ。


「そうか、仲のいい幼馴染ってわけだな」


「よくねえよ。そんなことよりシュウト、本当にいいのか?」


 レンジが唐突に切り出した。彼にはトラウマめいた思い出なのだろうか。


「いいって、なにが?」


「特待生の話に決まってるだろ。推薦状といえば、のどから手が出るほどにみんなが欲しがってるんだぜ? もっとよく考えたほうが──」


「いや、いいんだ」


 シュウトの答えはゆるぎない。約束された社会的地位、富、名声。どんなに輝かしい宝石であっても、この欲のない男のまえには路傍の石ころ同然なのだった。


「よくはないだろ、もったいねえ」


「おれは美化委員としての活動ができればそれだけで十分なんだ」


「減るもんじゃねえんだからもらっとけよ」


「また厄介ごとが増えるかもしれない」


 シュウトとレンジの言い合いが平行線のまま続いていきそうになったとき、その議論を断ち切るかのようにコンコンとドアを叩く音が聞こえた。


 学校長が返事をすると、守衛らしき男が部屋に入ってきた。そのよこには手錠をはめられた男がいる。


「失礼します。不審人物を捕らえたのですが、どうやらふつうの物取りとも違うようでして。わけのわからないことも言っており、念のため連れてきたのですが──」


「だから何度も言ってるだろう! ボクは孤高のトレジャーハンターなのさ! コソ泥なんかといっしょにしてもらっては困るな──む、むむ? あーっ! キサマ、ようやく見つけたぞ!」


 捕まっている男がシュウトのほうを向いてぴょんぴょんと暴れだした。本当は指をさしたいのだろうが、後ろ手に手錠をかけられていてできないようだ。


「お知り合いですか?」


 学校長がシュウトにたずねる。


「いえ、存じません」


 シュウトは即答した。

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