第7話 最強の男、その名はムバフ
#44 人気者はつらいよ
「おまえ、シュウトとかいったな。おれと決闘しろ!」
「すいません、いま仕事中なんで」
「逃げる気か! それでも騎士を志す者か!」
「いや、ただの清掃員なんで。それじゃ」
シュウトは決闘を申し込んできた名も知らぬ男子生徒を適当にあしらい、学校内の清掃の仕事にもどった。
この学校では双方の同意のもとで決闘が行われる。校則を破れば退学処分になることもあるため、無理強いや奇襲をする生徒はまずいない。
「おやおや。ずいぶんな人気者になったじゃねえか、シュウト」
白衣を着た見知った男が声をかけてきた。
「ああ、レンジか。人気かどうかはわからんが、まったくいい迷惑だ」
シュウトはうんざりしたように肩をすくめた。
先日のソヨギとの対決以降、シュウトが学校内を歩けばたちまち決闘志願者たちが集まってきた。彼は剣の修行や名声などには興味がないためすべて断っているのだが、それでも決闘を申し込んでくる生徒はあとを絶たなかった。
「まあ、しかたねえな。なんといっても、あの学校最強剣士さまを倒しちまったんだから。おまえに勝てば最強の名をほしいままにできるとかなんとか、いま校内で話題になってるんだぜ」
「いや、あれは実力で勝ったわけではないんだが……」
「偶然だろうがラッキーだろうが、勝ちは勝ちだ。しばらくのあいだはほとぼりがさめることはねえな」
「勘弁してほしいよ」
「だったら決闘を受けてやりゃあいい。それでコテンパンに負かしてやればあきらめてくれるだろ。おまえが負けちまっても、それはそれで興味を失ってもらえる。どう転んでもわるくないと思うね」
「おれは決闘なんかしたくはないし、全員を相手にしてたら身がもたない」
「それもそうか。だったら、ガマンするしかねえな」
「面倒なことになった……」
はぁ、とため息をつきながらもシュウトはゴミ拾いの手を休めることはなかった。
近くのスピーカーから校内放送が流れる。『お知らせします』と告げる女子生徒の声に、シュウトは聞き覚えがあった。
「この声はあのときの──」
ソヨギとの決闘のとき、だれが頼んだわけでもないのに勝手に実況をしていた女子生徒。実況同好会会長、ヒイキメ・ミルヨの声だった。普段はまっとうな校内放送を担当しているようだ。落ち着いた事務的なトーンで話しており、実況のときとは別人のように感じられた。
「いちおう正規の放送部らしい。校内放送でよく聞く声だ。実況同好会はシュミだとかいう話だな」
「ふうん、そうだったのか」
たいして興味がなさそうなシュウトであったが、放送の内容は無視できなかった。清掃員のシュウトは校長室に来るように、というものだった。
「おれが? どうしてだ……」
「校長室に呼び出しとはね。またなんかやらかしたのか?」
レンジが笑って言った。
「またとはなんだ、またとは」
「初日から不良とケンカしてただろう?」
「ふむ──そういえば、そんなこともあったか」
「忘れてたのかよ。すっかり問題児が板についてきたじゃねえか」
「だからおまえには言われたくない。教室を爆破するようなやつには」
「実験に失敗はつきものさ。そんなことより、ほら、校長室に行こうぜ」
レンジがゴミ拾いをしているシュウトの背中をぐいぐい押しはじめる。
「なんだ、またついてくる気か?」
「とーぜん。おもしろそうだし」
「ヒマなんだな」
「うるせー」
なんだかんだと言い合いながらも、シュウトは仕事を一時中断し、ヒマそうなレンジに急かされて校長室に向かった。
校長室は面接を受けに来たときにも訪れていたから、今度は迷うことはなかった。レンジがシュウトにかわってドアをノックしようとしたがその手を止め、ニヤニヤしながら振り向いた。
「今度はなにが起こるだろうなあ」
「ひとごとだと思って楽しんでるな、レンジ」
「もちろん。おまえといると退屈しないが、巻き込まれたくはねえからな。今回もオーディエンスとして楽しませてもらうぜ」
そう言って、レンジは今度こそ扉を叩いた。部屋のなかから「どうぞ」という学校長の返事が聞こえた。レンジが厚みのあるドアをあけ、ふたりは「失礼します」と言って校長室に入る。
窓側の自分の席に座っている学校長。それともうひとり、思わぬ人の姿があった。
「うげっ」心底イヤそうな声を発し、レンジはシュウトのうしろに隠れる。「なんであいつがこんなとこにいるんだよ……」
先客はシュウトと激戦を繰り広げた女剣士、ソヨギだった。
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