#43 勝負あり

『いま、ふたりはどうなっているのでしょうか。視界がわるくて確認できません』


 ようやく土煙がおさまり、状況が見えてくる。ソヨギがシュウトを押し倒すような状態になっていた。


『おーっとぉ! ソヨギ選手、木刀を捨てて寝技に持ち込んだのでしょうか…………いえ、違います! まさか……これは!』


 シュウトの手にしていた角の先端がソヨギの喉元に突きつけられていた。もしもこれが刃物だったならば致命傷は避けられない。そんな状況だった。


『シュウト選手、倒されながらも反撃の一手を繰り出していたぁー!』


「──ふぅ」ソヨギは小さく息をついて言った。「シュウトくん、きみの勝ちだ」


「いや、おれはなにも……」


『決着です! まさかの結末は、あまりにも急に訪れました! いったいだれが予想していたでしょうか。無敗のディフェンディングチャンピオンが敗れ、謎の新人清掃員が勝利するなどと。しかしこれは現実。新たなチャンピオンの誕生です!』


 観客席からは今日一番の大歓声が巻き起こった。


 嘆き悲しむソヨギファンも多いなか、シュウトに対して素直に拍手をおくる者も少なからず存在した。彼の奮闘をたたえると同時に、謎に包まれた常識はずれの清掃員に興味がわいたのだろう。


 あの袋は、あのイヌは、結局なんだったのだろう。この男にはまだまだとんでもない秘密があるに違いない。


「わたしもまだまだ未熟ということだね」


 そう言ってソヨギは立ちあがり、シュウトに手を差し出す。


「さっきのは偶然だろう」


 シュウトはソヨギの手を取り、引っぱり起こしてもらった。


「いいや、わたしの心が弱かったからさ。きみの勝利に疑う余地はない。謙遜することはないよ」


「そういうわけではないんだが……」


 実際のところ、シュウトは謙遜しているのではなく、本当に偶然勝ててしまっただけだ。彼にはなぜソヨギが急に動揺しだしたのかまったくわかっていない。そしてそのまま彼女が自爆したようなものだ。


「今日はありがとう。きみと戦えてよかった。心からそう思っているよ」


 負けてもなお笑みを見せるソヨギ。


「そうか。それはよかった」


 シュウトとしては得るものがなかったどころか多くの誤解を生んでしまっただけなのだが、ソヨギのさわやかな笑顔を見ると、この時間がムダではなかったのかもしれないと思えてきた。


「ところで、これ」


 と、例の角を差しだすシュウト。


「そそっ、それは……」


 動揺を隠せず口ごもるソヨギ。


「なんだかよくわからんが、欲しいんだろう?」


「えっ……あ、ああ、そうだね。特別欲しいというわけではないけど、記念にもらっておこうかな。そう、きみと戦えた記念にね、うん」


 言い訳がましく言うと、ソヨギは奪い取るかのように角をもらい、すばやく下着をほどいてポケットに突っ込んだ。


「やっぱりあんたの落し物……」


「ちがうから。あくまでも記念にもらうだけだから」


 無表情のソヨギから発せられるものすごい威圧感。シュウトは決闘中よりも激しい気迫を感じたような気がして、一歩あとずさる。


「そうか、記念だったか。すまん」


「わかってくれてなによりだよ」ソヨギの顔はもとのさわやかな笑顔にもどった。「だけど気をつけるといい。これから大変なことになると思うからね。それじゃあ、わたしは修行をやりなおすとするよ」


 またね、と言ってソヨギは去っていった。


「どういうことだ?」


 大変なことになるとはどういう意味だろうか。ソヨギの残した意味深な言葉を不思議がるシュウトに向かって、観客席からアイレンが声をかける。


「シュウトさーん! やりましたねー!」


「勝ったみたいだな。なんだかよくわからんが」


「わたしは信じてましたよ! お弁当がありますから、外の芝生でいっしょに食べましょうね!」


「ああ、わかった」


 アイレンは弁当箱を包み直す。その横では、レンジとずたろうが決闘そっちのけで争いを続けていた。


「ニャハハ! アイレンも弁当も、おめぇなんかにやらないもんねぇ!」


「なーにが『ニャハハ』だ。おまえはネコじゃなくてイヌだろうが! イヌはイヌらしく、ワンワン鳴いてりゃいいんだよ!」


「おらはイヌじゃないやい!」


「ええい、イヌでもイカでも、この際なんだっていい!」


 シュウトの勝利など眼中にないふたり。跳ねまわるずたろうと、それをつかまえようとするレンジ。場外乱闘はいつまで続くのだろうか。


「さ、行きますよ。ケンカしている人は置いてっちゃいますからねー」


 包み終えたアイレンが言った。シュウトを待たせるわけにはいけないと、ふたりの返事を待たずに闘技場をあとにする。


「あっ、おらの昼飯がー!」


「まってよ、アイレンちゃーん!」


 置いていかれそうになったふたりはケンカを忘れ、あわててアイレンを追いかけた。


『本日の決闘は終了いたしました。どなたさまもお忘れ物のないよう、十分にご確認ください。足元に注意し、お気をつけてお帰り下さいませ』


 はじめての正式な決闘でからくも勝利をおさめることができたシュウト。しかし、ソヨギは不穏な言葉を残して去っていった。彼の清掃員としての生活は、これからも平穏無事にとはいかなそうだ。

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