#42 反撃の狼煙

「ともあれ、ワンちゃんが無事でよかったよ。これで心置きなく試合を続けられるね」


「おれとしては中断したままでもよかったんだがな」


 シュウトとソヨギのふたりは向かい合った。


『さあ、心残りではありますが、詮索もほどほどに試合再開です! シュウト選手はバッグから動物の角を取り出しました。いままで防戦一方だったシュウト選手、ここから反撃がはじまるのでしょうか!』


「ずたろうのやつ、こんなものでどうしろと……」


 仮に真剣を渡されていたとしても勝てる気はいっさいしなかった。かたや木刀で大木を両断するらしい剣士。こなた真剣など触ったこともないただの美化委員。ましてやこんな角を渡されたところでどうしようもない。


『さあて、シュウト選手の武器はただの角にしか見えません。しかぁぁし! 甘く見ることなかれ。これまでの経験から考えるに、あの角にもなんらかの秘密があるやもしれません! わたしも目が離せません!』


「さあ、いくよ!」


『ソヨギ選手、ひるむことなく先手で仕かけたぁー! 恐れを知らないのか、それとも、なにが来ようと負けない自信があるのかー!』


「ええい、ままよ!」


『シュウト選手、角を突き出して応戦の構えをとった!』


 すぱっ。


『あぁっとぉ! なんということでしょう! シュウト選手の秘密兵器が、真ん中からすっぱりと切られてしまいましたー! まるでごぼうでも切るかのようだ! あ、ごぼうはけっこうかたいかな。でも長さと太さ的に……つららにしておきましょうかね、うん。つららでもへし折るかのように、ぽっきりといってしまったー!』


 成長したつららはかなりの太さとかたさのだが。


「やっぱりダメだったか……あ、なかが空洞になってる」


 切られた角の断面を見ながら、シュウトはのんきにつぶやいた。


「おや、その角に秘密はないのかい? なにが起きるのか、ちょっとわくわくしていたのだけど」


 いたずらっぽい笑みを浮かべるソヨギ。


「ご期待にそえず、わるかったよ」


「掴みどころがないな、きみは。まだ余裕があると見える」


「あきらめだろう。もう手品のタネは切れた」


 ここまではぎりぎりのところでしのぎ切ってきたシュウトであったが、すでに体力の限界がきていた。息ひとつ切らせていないソヨギに対抗する手段は、もうなにも残っていない。というか、最初からそんなものはなかった。ずた袋に宿る聖女の加護のおかげでなんとかなっていただけだ。


「それじゃあ、そろそろ決着といこうか」


「万事休す、だな……」


 シュウトが負けを覚悟したとき、ソヨギに異変が起こる。


「なっ……それは! なんで……そんなところに……」


 ソヨギの動きが急にぎこちなくなり、素人のロボットダンスのようにぎくしゃくとしはじめた。


『なんだなんだぁ、異常事態発生だぁー! ソヨギ選手に、いったいなにが起こったというのか! わたしの目にはなにも映りませんでしたが、シュウト選手によるなんらかの反撃があったのでしょうか!』


「いや、おれはなにもしてないぞ」


 当の本人も困惑している。自分はなにもしていないのに、相手がいきなりおかしくなったのだ。


「あちゃー……」


 と、観客席のレンジが額に手をあてて首を左右に振った。


「レンジさん、どうかしましたか?」


「あー……いや、ちょっとね……」


 あいつの名誉にかけて言うことはできない。プライバシーの保護というやつだ。レンジはかたく口を閉ざすことを決めた。


「あのねえちゃん、おもしろい動きだな」


 アイレンの膝のうえでサンドイッチをほおばりながら、ずたろうが言った。


「あっ、ずたぶくろう!」

「おらはずたろうだ!」


「なんだっていい! おまえ、なんてうらやましいことを! おれだって、アイレンちゃんにひざまくらしてもらいたい!」

「ここはおらの特等席だ。ゆずってやんねえぞ」


「なんだと!」

「悔しかったらおらをつかまえてみ。弱肉強食の理を教えてやる!」


 ずたろうがぴょんっと飛び跳ね、レンジの顔面を踏みつけて華麗に着地。


「ぐわっ……お、おまえ……よくもやったなぁ!」


 レンジは顔を真っ赤にしてずたろうをとっ捕まえようと躍起になった。


「こっちだよぉ!」


 すばしっこく動きまわるずたろうに翻弄されるレンジ。


「まてっ! このっ!」


 こうして、シュウト応援席で場外乱闘が勃発したのだった。


「なんで……あんなに探したのに……どうして彼が……」


 ソヨギは顔を赤らめ、だれにも聞こえないほどの小声でぼそぼそとしゃべっていた。その視線はシュウトの持つ半分になった角に注がれている。


 実際のところ、彼女が見つめているのは角ではなく、角の根元付近に巻かれた紐のほうだった。ずたろうがリボン代わりに利用したと思われるそれは、じつはソヨギがなくしてしまったものだった。


 ──あれはまさしく、わたしの勝負下着。洗濯物を取り込むときに飛んでいってしまって、必死に探したのに見つからなかった。それが彼に拾われていたなんて……。


 ソヨギはここ一番という勝負のとき、気合を入れるために勝負下着を身に着けるのが秘密の習慣となっていたのだ。


「この角、おまえのだったのか? それともこっち?」


 シュウトが紐をほどこうとする。


「あっ、まって! さわっちゃだめ!」


 ソヨギはあわててシュウトの動きを止めようと手をのばすが、勢いあまって衝突し、ふたりいっしょに地面に倒れ込む。


『ソヨギ選手、素手での接近戦に持ち込んだぁ!』


 砂ぼこりが舞い、ふたりの姿が隠れてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る