#39 名刀を鍛えし者
決闘がはじまるまえから、すでに決着はついていたようなものだった。校内最強と名高い剣士と、どこの馬の骨ともわからないぽっと出の清掃員。勝敗は火を見るより明らかだったはずだ。アイレンをのぞいただれもがソヨギの勝ちを確信していた。
しかし、現実はそう簡単にはいかなかった。
『な、な、な、なんということでしょう! 止めました。丸腰のシュウト選手が、ソヨギ選手必殺の一撃を、ピタリと止めているではありませんか!』
変態ストーカー男ことムバフとはじめて戦ったときと同様に、シュウトはとっさにかざしたずた袋で身を守っていた。
恋人のくれたペンダントが凶弾から身を守ってくれる。そんなマンガや映画によくありそうな展開を連想させるが、シュウトの場合、守ってくれるのは薄汚れたずた袋である。ロマンチックでもなければドラマチックでもなかった。
「なっ……」
幽霊でもみたような表情をしたソヨギは、ほんの一瞬のあいだ思考停止したが、すぐに飛び退いて距離をとった。
『いったいぜんたいどういうことでしょうか! 大木をも両断すると言われるソヨギ選手の一撃が、まさか……まさか、あんなよれよれのバッグに防がれてしまうとは! サポーターからもどよめきの声があがっております!』
ソヨギの想定では、シュウトの肩口に木刀が直撃――する直前で寸止めのはずだったのだが、すばやいガードによって斬撃は彼のからだまで届かなかった。
なんなのだ、あの袋は。一見するとただのくたくたな袋にしか見えないが、目を凝らしてよく観察してもやっぱり小汚いだけの袋にしか見えない。そんなものに自分の繰り出した手加減なしの攻撃が止められるなどと、ソヨギはこれっぽっちも想像していなかったのだろう。
「やるね、シュウトくん。わたしの目に狂いはなかったようだ」
「いや、買いかぶりだと思うぞ」
「謙遜することはないよ。わたしの斬撃をまともに受けとめられる者など、この学校に三人といないからね。きみが相当な実力者であることを証明したわけだよ」
「だからな、おれはただの美化委員なんだよ。防げたのはこいつのおかげだ」
シュウトはいつも首から下げているずた袋を持ちあげた。
「なんだい、それは?」
「幸運のずた袋だ」
「ずたぶくろ……よくわからないが、さぞかし名のある業物とお見受けしたよ」
「人間国宝のつくった名刀みたいだな……そんなご大層なものではなく、アイレンがぬってくれたんだ」
「アイレン? 聞いたことのない名だが、どこの名匠だい?」
「あそこにいるぞ」
ほら、とシュウトは観客席を指さした。
「あっ──おーい!」
気がついたアイレンは手を振りかえす。もっとも、シュウトは彼女に手を振ったわけではないのだが。
「おいおい、まじかよ……シュウトのやつ、ソヨギの一撃を止めるなんてな。しかもあんなもので。あれは拾ったものを入れる袋じゃねーのか……」
アイレンのとなりに座って観戦していたレンジも、ソヨギと同じく想定外の事態に驚きを隠せなかった。シュウトが落し物を入れるために使っていた袋に、まさかこんな使い方があったとは。
「シュウトさんは負けませんよ! 聖女さまのご加護がありますからね!」
となりで頭を抱えるレンジに、アイレンは自信たっぷりに言った。
「聖女の加護……」
レンジはアイレンの言葉を聞いて、はっと思い出した。出会ったばかりのシュウトを案内していたとき、彼が『幸運のずた袋といってな、真剣をへし折ったこともある』と言っていたことを。そのときは頭のネジがぶっ飛んだかわいそうなやつとしか思っていなかったのだが、いまならそんな荒唐無稽な話も信じることができる。
だが安心はできない。一度攻撃を防いだだけ。偶然かもしれないし、守るだけでは絶対に勝つことはできないのだ。ソヨギは日々鍛錬を欠かしていないから、長期戦になればスタミナ切れを起こすのはシュウトのほうだ。
「油断するなよ、シュウト! そいつの木刀は寸止めだったとしても、二週間は消えないアザをつくるからな!」
「もし当たったら? 大木を両断するというのは本当か?」
「……」レンジは黙って空を見あげ、間をおいてから答える。「……認めたくはないが、事実だ」
「そうか……」
ソヨギの手元が狂わないことを祈ろう。
それにしても、レンジはソヨギと知り合いなのかしら。色々と詳しいようだし、過去になにかトラウマになる出来事でもあったような反応を見せた。昨日決闘を申し込まれたときにも隠れていた。
少々気になるが、いまは余計なことに気をまわしている場合ではない。シュウトはソヨギのほうに向き直る。
「まさかあんな少女がつくったとはね……」ソヨギは素直に感心したように言った。「人は見かけによらないというのは本当のようだ。今度わたしも、彼女に名刀を鍛えてもらうとしようか」
「いや、だからアイレンは刀鍛冶ではないんだが……」
またひとつ、ソヨギの誤解が増えてしまった。
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