#38 ゴングが鳴る
「それにしても、ずいぶん余裕を見せてくれるね、シュウトくん」
「余裕?」
シュウトにはソヨギの意図が理解できなかった。美化委員としての活動には常に全力を持って当たるのが彼の信条である。当然、今回のゴミ拾いバトルでも手を抜くつもりはないし、余裕など見せたつもりもなかった。
「かなりの軽装だからね。わたしの攻撃など受けるはずないから、防具なんて必要ないと思っているのだろう? 強者の証ともいえるかな」
シュウトはいつもの学ラン姿だったが、かく言うソヨギも制服姿だった。この学校にも一応制服はあるが着用義務はないため、着ている生徒はあまり見かけない。レンジが白衣を着ているように、生徒の大半は機能性を重視して選んでいるのだろう。
「攻撃、防具……なんのことだ? ゴミ拾いにそんなものは必要ない」
「ゴミ拾い……?」ソヨギは眉を細めた。「きみのほうこそ、いったいなにを言っているんだい?」
「だってこれはゴミ拾いの勝負なんだろう? だったら必要なのは、ポイ捨てを憎む心とゴミ袋と、それにこいつじゃないか」
と言って、シュウトはリュックにひっかけてある火バサミを手に取って見せた。もとの世界からずっと愛用している、彼の相棒である。
「決闘と言えば、ふつうはこれだと思うけどね」と、ソヨギは腰に携えていた木刀を抜いて見せる。「これ以外の決闘なんて、見たことも聞いたこともないな」
「……言われてみれば、たしかに」
ソヨギの言葉にあっさりと納得させられるシュウト。
シュウトは、ソヨギが自分のことをゴミ拾いの鬼と知って勝負を仕掛けてきたから、当然ゴミ拾い勝負だろうと思い込んでいた。しかし、ソヨギは鬼の部分しか聞いておらず、なにかしらの武芸の実力者だと思い込んで決闘を申し込んだ。
ふたりの思い込みが、この悲劇の行き違いを生んでしまった。先入観というものは、百害あって一利ないのである。
「ふっ……」ソヨギは小さな笑みをこぼす。「そうやってとぼけた振りをして、わたしを油断させようという魂胆だね。でも、その手には乗らないよ」
誤解がさらなる誤解を生んでしまった。すれ違いを続けるシュウトとソヨギ。はたして、ふたりが面と向かってわかり合う日はやって来るのだろうか。
「いや、そんなつもりはないんだが……巌流島じゃあるまいし」
どっちが武蔵だったかしら。遅れたほうだったか、待たされたほうだったか。そんな余計なことを考えながら、シュウトはリュックに火バサミを引っかけなおした。ゴミ拾いでないのなら、相棒は必要ない。
『両者、静かなにらみ合いが続いております。戦いはすでに、水面下で行われているとでも言うのか!』
「いや、にらみ合ってるわけじゃないんだが……」
またしても実況の言葉に対してぼそっとツッコミをつぶやくシュウトに、ソヨギは木刀を向ける。
「さて、そろそろ正々堂々とはじめようか、シュウトくん」
「ちょっと待った――」
待ったをかけるシュウトの都合を知ってか知らずか、ミルヨの進行は止まらない。
『みなさま、たいへん長らくお待たせいたしました! 決闘の開始を告げるゴングが、いま鳴り響きます!』
カーン。
ゴングの音が鳴った。正確に言えば、ミルヨが自分の手で鳴らした。実況席にはマイクやゴング、選手の情報が書かれた紙などが置かれている。
──しかし、両者とも動きを見せない。
「彼女は正式な審判というわけではないから、従う必要はないんだ」
「それはそれでちょっとかわいそうな気もするな」
ミルヨはボランティア、というより趣味で実況をしているだけだから、なんの権限も持っていなかった。もしかすると、実況席も勝手にこしらえたものかもしれない。実際のところ、決闘が盛りあがるからありがたいというのが観客の意見であり、器の広い校長も黙認しているのであった。
「それで、なにか不都合でもあったのかな?」
律儀にもソヨギはシュウトの待ったを受け入れてくれたようだ。
「ああ、どうやら誤解があったらしい。おれはてっきりゴミ拾いの決闘だと思っていた。武器なんて扱えないし、格闘技も身につけていない。ただの清掃員なんだ」
「まだしらを切るつもりかい? 不良との立ち合いを見てはっきりとわかったよ。きみはただ者ではないと。その実力、この身に味わわせてくれ!」
言うが早いか、ソヨギはひと息で距離を詰める。
鋭い踏み込みだ。お笑いトレジャーハンターの素人剣法と比べれば、まさに月とスッポン。この一瞬のあいだにシュウトは悟った。自分に勝ち目はない、と。
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