#22 裏庭バトルフィールド
「そんなふうにバカ笑いしてもいいのか? こんな住宅地で騒ぎなんか起こしたら、近所の人たちが集まってきて通報されるかもしれないぞ。そうなれば、おまえはまた衛士と追いかけっこするはめになるだろうな」
「ふっ、その心配はない」ムバフは平然とした顔で言った。「なぜなら、特殊な結界を置いてきたからだ!」
「結界……?」
「そう。その結界の効力によって、ちょっとの騒ぎでは野次馬が集まらないようになっている。つまりだ。すでにここには、ドンパチやってもなんの問題もないバトルフィールドが形成されたということだ!」
いわゆる採石場のことだろうか、とシュウトは解釈した。それならば、爆薬を使用したド派手なアクションシーンであっても苦情が来ることはない。
「まさか、おまえがそんなすごそうなものを持っているなんて……ん? ちょっとまて、結界を置いてきたって?」
「そうさ」
「ふつう結界は張るもんじゃないのか?」
「いいや、アパートの敷地の入り口に設置してきたのさ。『工事中につきご迷惑をおかけします』と書かれた結界発生装置をな! ふはははははは!」
ふたたび高笑いするムバフ。
「いや、それただの看板だろう。工事現場によく置かれてるやつ」
やれやれ、とふたたびため息をつくシュウト。どうせまたあこぎな商売人にだまされたのだろう。
その結界看板はムバフが行きつけの雑貨屋で買ったものだった。真偽のほどはさておき、少なくともここまではジャマが入っていない。もしかすると、結界看板には本当に効果がある……かも?
「それで、どうする。おとなしく聖女の衣を渡すか? それとも、小娘がおっさん顔にされるのを指をくわえて見ているか?」
ムバフが魔法のペンをさらにアイレンに近づける。
「シュウトさん、わたしにかまわず逃げてください! このままでは共倒れになってしまいます!」
アイレンは覚悟決めた。
たしかにアイレンの言うとおり共倒れの可能性はある。聖女の衣──現ずた袋──をすなおに渡したとしても、人質が解放される保証はどこにもない。また、前回のバトルに負けた逆うらみからシュウトを攻撃してくることも考えられる。
「おれには……きみを見捨てて逃げるなんてできない!」
シュウトはアイレンを見据えて断言した。
「シュウトさん……」
アイレンはじいんとして目に涙を浮かべる。
じっと見つめ合うふたり。交差する視線。ほんの一時であるはずが、まるで永遠に続くかのように感じられる。
「見捨てるくらいなら……きみの顔に落書きされるほうがまだましだ!」
「……え? えー!」
アイレンは思わず叫んだ。
永遠に続くかのように感じられたロマンチックな時間は、シュウトの一言により一瞬にして終わりを告げられたのであった。
「いやです! 無精ヒゲはいやー! 見捨てられたほうがまだましですよー!」
アイレンの抵抗はさらに激しくなって再開された。じたばたと動かす足が、意図せずムバフを攻撃する。
「いてっ。いてて──おい、やめろ! 暴れるんじゃないよ!」
ムバフはアイレンの攻撃を避けようと奮闘する。
距離をとればいいだけの話なのだが、ムバフがそれに気づいていないだけなのか、離れると人質の意味がなくなるからなのか、理由は定かでない。
「いや、ましだと言っただけで、助けないとは言ってないんだが──」
そんなふたりの激しい攻防戦を眺めながら、シュウトがぼそっとつぶやいた。あいだに割って入るべきか、下手に動かないほうがいいのか。どうするか決めかねて、ことの成り行きを見守っている。
しばらくして攻防戦は終わった。アイレンが縛られて吊るされた状態のままムリに暴れたため、よけいに体力を消耗して疲れ果てたからだ。
「はあ、はあ……そろそろ本題にもどろうか」
ムバフが息を切らしながら言った。
「おまえ、いっつも疲れてるな」
「よけいなお世話だ……さあ、そいつを渡せ……さもなくば、小娘が……」
息も絶え絶えになりながら、ムバフは精一杯の虚勢を張った。
「わかったよ。ほら」
シュウトはずた袋をあっさりと投げて渡した。
「……え?」
ずた袋をキャッチしたムバフはあっけにとられていた。シュウトがこんなにもすなおに渡すとは思っていなかったのだ。
「おれにはこうするほかにないんだ。しかたない」
「まさかこんなにも効果的とは。キサマがこの小娘を見捨てられないという情報は本当だったんだな」
「情報? そんなものどこで手に入れたんだ?」
「もちろん、このボクが自分の力で手に入れたのさ! キサマのあとをこっそりつけまわしたのは、ムダではなかったようだな!」
「おまえだったのか、人のまわりをこそこそちょろちょろと。やっぱりただの変態ストーカーじゃないか。しかも、のぞきと盗み聞きに加えて誘拐に恐喝ときた。救いようのない犯罪者だな」
ムバフはとなりのおばちゃんとの会話を盗み聞きし、シュウトがアイレンを見捨てられないことを知ったのだった。そこからすぐに作戦を立てて実行するのはすばらしい行動力と言ってもよいのだが、その内容はほめられたものではなかった。
「ふっ、なんとでも言うがいい。ボクは欲しいものはなんとしても手に入れる、スゴ腕のトレジャーハンターなのさ!」
「ああ、そうかい。そろそろアイレンを開放してもらおうか」
「おっと、それはまだできないな。人質解放はこれが本物かどうか見極めてからだ」
謎の慎重さを見せるムバフ。その警戒心があればあやしいパチモン商品をつかまされることはないだろうに、なぜしょっちゅうだまされるのだろうか。それだけ詐欺師の話術が優れているということか。
「ニセモノを用意する時間なんてなかっただろ。本物だよ」
「ボクは自分の目で確かめないと気が済まないのさ──ん? 中になにか入っているな」
「採れたての山菜だぞ。欲しけりゃやるよ」
「いらん。ジャマだから出すとしようか」
と言って、ムバフがずた袋のなかに手を突っ込んだ。
──ガブリ。
「ん? ガブリ?」ムバフは思考停止して一瞬のあいだ動きが止まった。「……うわー! 噛んだ! 袋が噛んだー!」
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