#21 再放送ですか?

「あっ」


 と声を出し、アイレンは火を止めて鍋にふたをする。


「どうした?」


「ちょっとうらの畑に行ってきますね。採ってきたいものがありますので」


 アイレンはエプロンを外して玄関へと向かう。くつを履きながら、部屋にいるシュウトに言った。


「火は止めてありますから、お鍋のことは気にしなくて大丈夫ですからねー!」


「ああ、わかった」


「それと、ご飯までには着替えておくんですよー!」


 アイレンがせわしなく外に出ていった。


 そんな彼女を見送るシュウトは、まだ帰ってきたときのかっこうのままだった。ずた袋とリュックをおろし、着替えようとする。


「おっと、そのまえに──」


 先にずた袋に入っている野草や山菜を出しておくか。シュウトは一度床に置いたずた袋をふたたび手にとった。


 と、そのとき。アパートの裏手から悲鳴が聞こえてきた。


「きゃーっ!」


 アイレンの声だ。シュウトは急いで窓をあけて外の様子を確認する。


「どうした、大丈夫か!」


「シュウトさーん。助けてください―」


 救難信号を発信するアイレンは、腕ごと体を縄でグルグル巻きにされ、裏庭の木に吊るされていた。


「──てるてる坊主ごっこか?」


「ちがいますよー」


 ぷらーんぷらーんと揺れ動きながらシュウトに助けを求めている姿は、ターザンロープのような遊具で遊んでいるように見えなくもない。


「ちょっと楽しそうだな。助けなくてもいいか」


「そんなー。ひどいですー」


「冗談だ。すぐ行くから待ってろ」


 シュウトは急いで家を飛び出した。さっき掴んだずた袋をそのまま持ってきてしまったので、肩にかけておく。


 古くさい階段を駆けおりるのはさすがに気が引けたが、そうも言っていられないので、しかたなく走り抜けた。いつもに増してミシミシいう音が響いて、足元の板が抜け落ちるのではないかと気が気ではなかった。


 アパートの側面をまわって裏庭にたどり着く。


「おーい、無事か?」


「たーすーけーてー」


 シュウトはアイレンを木からおろそうと近づこうとする。


 しかし、突然あたりに響き渡る謎の声が、それを許さなかった。


「おっと、待ちたまえ」


 声のぬしが木の裏から姿をあらわした。


「はぁ……まーたおまえか」


 シュウトはやれやれとため息をつく。


 あらわれたのは、自称さすらいのトレジャーハンター、ムバフであった。


「前回とおんなじ展開はどうかと思うぞ。再放送するにはまだ早すぎる」


「ふっ……二度あることは三度ある。様式美というやつさ」


 三度目の登場となったムバフ。もはや皆勤賞でも狙っているのかと思われるが、残念ながらそれは叶わぬ夢。第一話には出番がなかったのだ。


「ん? 今回は木にのぼってないんだな」


「ボクだって、いつもいつものぼってばかりいるわけじゃないのさ」


「そうか、とうとう学習したのか。ムダだってことを。ちょっと感慨深いな……」


 シュウトは子どもの成長を見守る親の気分がちょっぴりわかったような気がした。おそらく気のせいではあるが。


「おい、ボクをバカにしてないか?」


「はじめからずっとバカなやつだと思ってるよ」


「なんだと!」


「あのー……」アイレンがためらいがちに口をはさむ。「わたしはいつまでこうしていればよいのでしょう?」


「すまん、すっかり忘れてた」


「うぅ……そんなぁ」


 涙目になるアイレン。


「わるいが、すぐに解放してやるわけにはいかなのさ」


 と言って、ムバフは懐からなにかを取り出した。


「なんだ、それ? ただのペンにしか見えないが──」


 ちっちっち、とムバフが人差し指を立てて横に振る。


「これはただのペンではない。肌についたインクは最低でも一週間は落ちないという、世にもおそろしい魔法のペンなのだ!」


「そうか、これがホントのマジックペン……いやいや、どうせふつうの油性ペンだろ」


「キサマにこの意味がわかるかな?」


 ムバフはシュウトのことを無視して続けた。


「あれ? そういえば、剣はどうした? あたらしいのは買ってないんだな」


 ムバフが振りまわしていた伝説の迷剣は、前回の戦いのときにずた袋に弾かれてポッキリと折れたのだった。


「ふっ……剣などなくとも、キサマには負けんよ……」


 遠い目をして空を見上げるムバフ。


「そうか、このまえの一件でこりたのか」


 シュウトはすべてを察した。剣を振るというよりも剣に振りまわされていたムバフのなさけない姿が、はっきりと脳裏に浮かぶ。


「そんなことはどうだっていい。この魔法のペンがあるということは、つまりこういうことなのさ!」


 ムバフはペンのキャップを外してアイレンに突きつける。


「────はい?」


 ペンを向けられたアイレンは頭の上にはてなマークを浮かべた。


「それがどうしたって?」


「まだわからんのか。小娘は人質というわけさ」


「はあ、そうなのか」


「さあ、その聖女の衣を渡せ! さもなくば、この小娘の顔に──無精ヒゲが生えることになるぞ!」


「い、い……いやですー! 助けてシュウトさーん!」


 身動きの取れないアイレンは顔を左右に振って必死の抵抗を見せる。


「なんと非道な……初めておまえのことを悪役だと感じたぞ!」


 シュウトは怒りに打ち震えながらも、人質をとられてうかつに動くことができなくなってしまった。


「ふはははははは! どうやら今回はボクの勝ちのようだな! ふはははははは!」


 ムバフはマジックペンをアイレンに突きつけたまま、大口を開けて高笑いする。勝利を確信しての余裕の笑いだった。


 しかし、シュウトはあきらめていない。逆転のチャンスはまだ存在している。


「甘いな。このままいけば、おまえの負けだ」


「なにい?」

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