#19 シュウト出生の秘密?
ガチャっとドアがひらき、おばちゃんがふたたび玄関先に出てきた。
「もう十分にもらったから、あとは返すね」
アイレンはおばちゃんから袋を受け取る。中身はまだまだたくさん残っていた。
「これだけでよいのですか?」
「いいんだよ。あんたたちのほうが大変な生活してるんだろう? 自分たちでいっぱい食べなさいね」
「では、お言葉に甘えて。ですが、これではまだ恩を返せたとは思えません!」
袋をギュッと握りしめて、アイレンが言った。その瞳には闘志の炎がメラメラと燃えたぎっていた。
「わたしたちが引っ越してきたあの日、おばさまはなにも持たないわたしに多くを恵んでくださいました。そのご恩をけっして忘れず、おばさまに満足していただけるまで恩返しを続けます! ミグメイアの誇りにかけて!」
高らかに宣言して、アイレンはボロアパートにむかって走りだす。
「そこまでしなくてもいいんだよ。もっと自分のことを考えなさいな」
しかし、すでにアパートの階段をのぼりはじめているアイレンには、おばちゃんの言葉は届いていなかった。
「おばさまー! いまお漬け物をつくっていますから、できたらお持ちしますねー!」
アパートの二階にあがったアイレンが手すりから身を乗りだし、手を振りながら大きな声を出した。そしてふたりの部屋へと入っていく。
「いい子だねぇ、ほんと。どこ探したってめったにいるもんじゃないよ。あんなに思いやりがあってすなおな子は」
部屋に帰るアイレンのことをおだやかなまなざしで見送ってから、おばちゃんがしみじみと言った。
「はあ、そうですね。じゃあ、おれもこれで」
「ちょいとお待ち」
おばちゃんが帰ろうとしているシュウトを引きとめた。言葉だけでなく物理的に。その大きな手で彼の肩をガシっと掴んで離そうとしない。それはまるで、捕らえた獲物を離すまいと牙を食い込ませる肉食動物のようだった。
「あの、なにか?」
「あんたがあの子の旦那ってやつかい?」
さきほどまでアイレンに向けられていたやさしい笑みが、おばちゃんの顔から消え去っていた。その代わりにいかめしい表情があらわれる。シュウトを責め立てんとするかのような表情が。
「はあ、旦那ではないですけど……たぶんそうかと」
「そうかい、あんたが──」
おばちゃんはシュウトのことを値踏みするようにじろじろと見つめる。
黒ずくめの変わった服装。短い黒髪は天然パーマ気味なのか寝癖を直していないだけなのか、ともかくぼさぼさだった。肩にかけているショルダーバッグは小汚く、背負ったリュックにはなぜか火バサミが引っかけてある。
はっきり言って、なかなかの不審人物っぷりであった。
「なんでこんなのを選んじゃったのかねぇ……アイレンちゃんは。いいかい、もしもあの子を泣かせたら、このあたしが容赦しないからね!」
と言って、おばちゃんが服の袖をまくりあげる。その太くてたくましい腕にぶん殴られでもしたら、シュウトなど一発でノックアウトだろう。
「そんなことはないと思いますけど……」
「あんた、定職にもつかずに毎日ふらふらしてるらしいじゃないか。それであんなにぼろっちいアパートなんかに暮らして。あの子にもっといい暮らしをさせてやろうとか思わないのかい?」
「いや、ふらふらしてるつもりは……」
「なんだい、さっきからはっきりしないねぇ。男ならもっとピシっとしなさいな。そんなだとほかの女に乗りかえて、あの子を捨てて行っちまうんじゃないのかい?」
「それはありえない! おれはアイレンのことを絶対に見捨てないと決めたんだ!」
捨てるというワードが出たとたんにシュウトの言葉に力がこもる。
そもそもシュウトとアイレンは恋人や夫婦といった関係ではないのだが、引っ越してきたばかりの若い男女が同棲しているとなれば、ご近所さんたちがそんな勘違いをするのも無理からぬ話だろう。
「どうだか。口ではなんとでも言えるからねぇ。あたしゃどうにもあんたが信用できないんだよ」
「はあ……」
シュウトはポリポリと頭をかいた。疑われるのは一向にかまわないのだが、このままではすなおに帰してくれそうにない。どうすればわかってもらえるのか、これといった方法も思いつかず、途方に暮れるしかなかった。
そのとき、あたりに一陣の風が吹きぬけた。砂ぼこりを巻きあげ、そばを歩いていた若い女性のスカートをも舞いあがらせる。
「むっ!」
風にいち早く反応したシュウトがすばやく行動を起こす。
「それみたことか! 言ったそばからあんたってやつは、よその女に見とれて……ないねぇ……」
シュウトは風に吹かれて転がってきた紙クズを拾っていた。だれかがチラシかなにかをくしゃくしゃに丸めてポイ捨てしたのだろう。
「まったくけしからんな。このチラシ、裏が白いからまだ使えるじゃないか。再使用もリサイクルもせずにポイ捨てとは……この罪は重いぞ。あ、なにか言いました?」
「……女よりもゴミ拾いのほうが大事ってわけね。掃除用具の入ったロッカーから生まれたんじゃないのかい、あんたは?」
おばちゃんがあきれ顔で言った。
「うーむ、それもわるくないかもな」
ロッカーから生まれたロッカー太郎か。響きはよくないな。
「いいのかい、それで。よくわからんやつだねぇ」
おばちゃんは肩をすくめた。
「よく言われる」
「もういい、わかった。あんたは心配いらない。疑ったあたしがわるかったよ」
おばちゃんは疲れた様子で自宅にもどっていった。
引っ越しのあいさつ──と言えるかあやしいもの──を終えて、シュウトもボロアパートに帰った。
この世界にやってきたときから、シュウトは必ず初対面の人とひと悶着起こしている。アイレンにはじまり、冒険者ギルドの職員、変態ストーカー男、そしておとなりのおばちゃん。トラブルメイカー的な体質でも持っているのだろうか、この男は。
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