#18 おとなりの

「よし、たくさん採れましたね。では、そろそろ帰りましょうか、シュウトさん」


「ああ、わかった」


「──よっこいしゅうとさん」


 と、アイレンは謎のかけ声を発しながら、野草や山菜を入れた袋を持ちあげた。


「なんなんだ、そのへんなかけ声は?」


「なかなかよいと思ったのですが……ダメでしたか?」


 アイレンは上目づかいにシュウトを見つめた。実際はアイレンがシュウトよりも小柄だから自然と上目づかいになるだけなのだが、効果は抜群だった。


「いや、ダメってことはないが……」


 正直なところは気恥ずかしいからやめてほしいシュウトであったが、アイレンの小動物のような純真な瞳に見つめられると、ノーとは言えなかった。


「では、使ってもオッケーということですね」


「まあ、いいけど……昭和のギャグかと思ったよ」


 おれは横井シュウトじゃないんだがな、とシュウトは心のなかで補足した。


「ショーワとはなんですか?」


「そうか、昭和は通じないのか……」


 どうやらこちらのニッポンに昭和はなかったらしい。シュウトはなんと説明しようかすこし考えてから言った。


「昭和という言葉はな、『いにしえの』という意味なんだ」


「いにしえ……聖女さまの時代ですか?」


「そこまでではないかな。時間的じゃなく、気持ち的な遠い昔ってことさ」


「うーん、よくわかりませんが、昔ということですね」


 すばらしき昭和の時代が軽くディスられた気もするが、大目に見よう。


「ところで、アイレン。それはちょっと多すぎやしないか? ふたりじゃそんなに食べきれないぞ」


 アイレンの持つ袋はパンパンにふくらんでいた。小柄な彼女が肩に担ぐと、これからプレゼントを配りに行こうとするサンタクロースのようになっていた。


「いいのです。ふたり分ではありませんから」


 そう言って山をおりはじめるアイレン。


「おれが持つよ」


「これくらい平気ですよー!」


 気をつかうシュウトであったが、アイレンはすでにだいぶ先まで進んでいて、手を振って大きな声で答えた。


「ずいぶんと元気だな──ん?」


 ふたたび物音を聞いた気がしたシュウトは、音がしたほうの茂みに目を凝らす。しかし、またしても動くものは見当たらなかった。


 気のせいなのか、小動物でもいたのかわからないが、シュウトもアイレンを追って山をおりる。ときどき振り返って後ろを見てみるが、やはりなにもいなかった。


 先をゆくアイレンは軽い足取りで坂道をおりていく。舗装されていない自然の道にシュウトは苦戦するが、アイレンにとっては慣れたもので疲れ知らずに進んでいく。シュウトにもゴミ拾いでつちかった体力があったが、アイレンの底知れぬ体力にはとてもおよびそうになかった。


 山を抜けて住宅地へと入る。石畳の道に石造りの住宅。シュウトはこの中世ヨーロッパ風の街並みにもずいぶん慣れてきた。家のなかは家電の設置された現代に近い生活水準なのだが、その違和感も気にならなくなっていた。


 これだけの技術があるのなら魔法の力で動く自動車が走っていてもおかしくないのだが、進んでいるのかそうでもないのか、よくわからない世界ではあった。おそらく、これからどんどん発展していくところなのだろう。


 ふたりは自宅のボロアパートに到着したが、アイレンはそのまま通りすぎていく。


「あれ? どこまで行くんだ、アイレン?」


 シュウトは自宅を素通りするアイレンに声をかけた。こんなボロっちいアパートを見逃すわけはあるまいし、なにか用事があるのだろう。


「ちょっとおとなりまで」


 そう言って、アイレンはとなりの民家のまえまで行き、インターホンを鳴らす。


 となりの家はこのあたりによくあるタイプの一軒家だった。石造りの二階建て家屋。シュウトたちのボロアパートと違い、倒壊の危険性などみじんも感じさせずにどっしりと構えている。


 石造りの建物というのは、夏は涼しそうだが冬の寒さはどうなのだろうな。そういえば、おとなりさんと会うのは初めてだ。などと考えていると、ガチャっとドアがひらいて隣人があらわれた。


「あら、アイレンちゃん。いらっしゃい。どうしたんだい?」


 出てきたのは人のよさそうな中年女性だった。やさしげな表情にふくよかな体型。いかにも世話好きといった感じのおばちゃんだ。アイレンと顔見知りのようだから、いろいろと生活用品を分けてくれたおばさまとはこの人のことだろうか。


「こんにちは、おばさま」と言って、アイレンは丁寧におじぎをする。「今日は山菜をたくさん採ってきましたので、おすそ分けに。はい、これをどうぞ」


 アイレンは裏山から担いできた袋を玄関先に置いた。袋の口をあけると、そのなかにはどっさりと山菜が入っている。


「まあまあ、こんなにたくさん。ありがとう。でもさすがに多すぎるから、食べる分だけもらおうかね」


 おばちゃんは袋を持って一度家のなかにもどっていった。


「なるほどな。たくさん採ってたのはこのためか」


「はい。おばさまにはよくしていただきましたから、恩返しです!」


 アイレンは恩を受けたら返さずにはいられない性分なのだった。それはミグメイア家に代々受け継がれてきた家訓であり、アイレンのモットーでもある。いつも以上に張り切っていたのはそのためだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る