第4話 家族

#17 動物と怪物

 あれから数日が経ったある朝。


 シュウトとアイレンのふたりは、このまえ激戦を繰りひろげた山をふたたび訪れていた。アイレンはたびたびひとりで来ていたが、この日はアルバイトが休みのシュウトもいっしょだった。


 バイト代だけでもなんとかやっていけそうではあったが、アイレンの意向で節約のために自給自足のような生活を送っていた。今日もいつものように食材を集めに来たのだが、アイレンはいつにもまして張り切っている。


「さあ! 今日も元気にー、がんばりましょー!」


 と、アイレンは朝のニュース番組のようなかけ声をあげ、ギュッと握った拳を空にむけて突きあげる。


「お、おう……」


 アイレンの謎のやる気に圧倒されるシュウト。


「声が小さいですよ、シュウトさん! がんばりましょー!」


「おー……」


 シュウトはしかたなくアイレンに合わせて腕をあげた。


 熱心に山菜取りに励むアイレン。どうしてこんなにも張り切っているのか、シュウトには見当もつかなかった。食いしん坊キャラというわけではなかったはずだから、なにかいいことでもあったのだろうか。


 よけいなことを考えてないではじめるか、と山菜取りを開始したシュウトであったが、ほどなくして地面に落ちている変なものを見つけた。なにかモフモフしたものだ。数日前にもこの山に来たが、そのときには見かけていない。


「ん? なんだこれ」


 シュウトは気になってそのモフモフを拾ってみた。


 色は薄めの茶褐色。一見すると鳥の羽根のようだったが、羽毛はこれほどフサフサしてはいないはずだ。シュウトは抜け落ちたカラスの羽根をさわったことがあったが、意外とかたくてしっかりとしていた覚えがあった。これはどちらかというと、獣の尻尾や掃除用のハンディモップなどに近いかもしれない。


 じっとモフモフをながめていると、それはいきなり動きだした。うにょうにょという擬態語がぴったりな、イモムシのような動き。多数派の人間にとって、見ていて気持ちのよいものではないだろう。


「うわっ!」


 と声をあげ、シュウトは思わずそれをずた袋に突っ込んだ。そして、臭いものにはフタをしろとばかりに急いで袋の口をとじる。


「シュウトさん、どうかしましたか?」


 すこし離れたところからアイレンが声をかけてきた。


「ああ、いや──なんでもない」


 あせっていたシュウトはとっさにごまかした。そうですかと言って、アイレンは自分の仕事にもどっていった。


 なんなんだこいつは……まるで、トカゲのシッポみたいだったが……。


 シュウトは心のなかでつぶやく。


 トカゲは自分の身に危険がせまると意図的にシッポを切りはなせることで知られるが、そのシッポは切られたあとも動き続けるのだ。


 しかしなあ……トカゲに毛なんて生えてないはずだ。


 シュウトは自問自答を続ける。


 フサフサな生き物の代表格というと、やはりほ乳類や鳥類だろうか。想像したくはないが虫にも多い。は虫類といえば、トカゲやカメ、ヘビにワニ──やはり体毛が生えてるイメージはない。


 いやまて、とシュウトは自分の安易な考えを否定する。先入観を持つのは非常に危険なことだ。


 たしかにもとの世界のトカゲはウロコに覆われているが、この世界のトカゲがフサフサである可能性は十分にある。じつは恐竜には羽毛が生えていたかもしれない、なんて話もあるくらいだ。


 おさまったかな?


 シュウトはおそるおそるずた袋に手を当ててみる。すると、さっき突っ込んだ謎のモフモフがなかでまだ動いていた。


 まったく、変なものを拾ってしまった。


 シュウトは心のなかで悔いるが、一度拾ったからにはそのへんに捨てることはできない。彼の流儀に反するからだ。ほっとけばそのうちおとなしくなるだろうと高をくくり、シュウトは作業にもどろうとする。


 そのとき、うしろの茂みから草のガサガサいう音が聞こえてきた。アイレンはまえのほうにいるから関係ないし、ほとんど無風だから自然にゆれたわけでもない。そうすると、残る可能性は野生動物くらいか。


 シュウトが茂みに近づいてのぞき込んでみるが、これといってなにも見つからなかった。その様子を見たアイレンが心配そうに声をかけてくる。


「やっぱり、なにかありました?」


「草がゆれたような気がして……なんかいるんじゃないかな」


「それはもちろん、なにかはいるでしょうね。山なんですから。野うさぎとか、野鳥とか──ヒグマとか」


「ヒグマ!」


 とんでもないことをさらりと言ってのけるアイレン。驚いたシュウトは思わずさけんでしまった。


「ほんとにいるのか?」


「もっと山奥のほうにはいるかもしれませんね。野生の動物は人里にはあまり近づきませんから、このあたりにはいないと思いますけど」


 しかしヒグマとはな、とシュウトは思った。妙にリアルというかなんというか。たしかに現実的な脅威ではあるが、この世界ならもっととんでもない大物がいてもおかしくはないのだが。


 そう考えたシュウトはアイレンに聞いてみる。


「なあ、アイレン。なんかこう……モンスターっぽいのはいないのか?」


「モンスターですか?」


 アイレンはきょとんとして聞きかえす。


「そう。火をふく巨大怪獣とか、三つ首で翼が生えてるようなすごいやつは」


「巨大怪獣……いませんよ、そんなの」と言って、アイレンはくすくす笑った。「冒険者ギルドのときにも言いましたが、太古の昔には魔物がいました。ですが、いまはもうおとぎ話や伝承のなかにしかいませんよ」


「そうか……」


 以前にも似たようなやりとりを見た気がするが置いておくとして、それでもモンスターはいるかもしれない、とシュウトは考えを曲げなかった。


 クジラをまったく知らないひとがはじめてクジラを見たらどう思うか。おそらく、『なんだこいつは! 海の巨大モンスターだ!』と思うことだろう。しかしシュウトにとっては、クジラは水族館で飼育されているふつうの動物にすぎないのだ。


 逆に、この世界にドラゴンが存在すると仮定しよう。すると、アイレンにとってはドラゴンも動物の一種であり、モンスターだという認識はされないだろう。


 あんがい動物とモンスターとのあいだに明確な差はないのかもしれない。人間が『これは動物だ』と思えば動物になり、『これはモンスターだ』と言えばモンスターになる。自分勝手で無責任な気もするが、人間とはそんなものだ。


 そう考えれば、この世界にシュウトにとってのモンスターが存在している可能性は、十分に残っていると言えるはずだ。

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