#16 決着は、真実とともに
「で……」
「で?」
「伝説の名剣がー!」
「あ、再起動した」
思考停止して固まっていたムバフが活動を再開した。
「おいキサマ、どうしてくれるんだ! 伝説の名剣だぞ! 貴重なものなんだぞ!」
「おまえから仕掛けてきたんだ。自分の行動には責任もてよな。それに、伝説だなんてうそっぱちだろう、どうせ」
「断じてウソなどではない!」
「じゃあ、どこでどうやって手に入れたんだ? それはそれはご大層なエピソードがあるんだろうな?」
「ふっふっふ……」
ムバフが不気味に笑いはじめた。
「なんだ気持ちわるい」
「聞きたいか? 聞きたいよな? ならば聞かせてやろう! 聞いて驚け! これはボクがお宝探しに古代遺跡へ行ったときのお話だ!」
「長くなりそうか?」
「いいや、そうでもないぞ」
「なら聞いてやろうか」
「では話そう」
ムバフは語りだした。
「ひと月ほどまえのことだ。とある筋からお宝の情報を得たボクは、乗合馬車で古代遺跡へとむかった」
「おい、ちょっとまて」
意気揚々と話しはじめたムバフであったが、すぐにシュウトに止められてしまい、眉をひそめた。
「いきなりなんだ? 話はまだはじまったばかりだぞ」
「古代遺跡まで馬車がでてるのか?」
「あたりまえだ。でなきゃ行けないだろうが」
「お、おう。そう……なのか?」
「さあ……どうなのでしょうね?」
シュウトはアイレンのほうを見て確認をとるが、彼女も首をかしげるだけでわからないようだ。
「話を続けるぞ。終点の古代遺跡前停留所で降りたボクは、さっそくただならぬ風格のオヤジに声をかけられた。いい品があるが見ていかないか、とな。そこでこの伝説の名剣と出会ったのさ」
「おい、ちょっとまて」
「またか。こんどはなんだ?」
またしても妨害がはいり、ムバフは顔をしかめた。
「遺跡のなかで見つけたんじゃないのか?」
「あたりまえだ。遺跡の内部は関係者以外立ち入り禁止だからな。外から眺めるしかできないだろうが」
「お、おう。そう……なのか?」
「さあ……わたしも行ったことがありませんので」
アイレンはふたたび首をかしげた。
「話を続けるぞ。そのオヤジが言うには、『この伝説の名剣は古代遺跡のなかで見つかったもので、選ばれし者にしか抜くことができない。もし抜けたなら安くゆずってやる』とのことだった。そして、このボクが見事に鞘から抜いてみせた、というわけさ!」
「……それはたぶん、そういうことだよな」
「はい、そういうことだと思います」
うなずき合うシュウトとアイレン。
「ん? いったいどういうことだ?」
ひとりだけ察しのわるいムバフ。
「おまえそれ、だまされてるぞ、きっと」
「そんなわけなかろう! オヤジがいくら力を込めても抜けなかったのに、ボクにはあっさり抜けたんだぞ!」
ムバフは必死に反論する。
「オヤジの演技だろうな。ほかになにか売ってなかったか?」
「ほかに? ──そういえば、遺跡まんじゅうとやらも売っていたな。いっしょに買ってみたが、味はなんてことはないふつうのまんじゅうだったな」
「やっぱり。たちのわるい土産物屋だ。情報源のとある筋ってのはだれなんだ?」
「酒場で声をかけてきた男だ。ただならぬ風格の中年の男で……いまになって思うと、剣を売ってくれたオヤジに声も顔も似てたような……」
「決まりだな。そのオヤジってのは、うかれた観光客をだましてパチモンを売りつけるあこぎな商売人だろう。だまされたんだよ、おまえは」
「そ、そんなバカな……ニセモノだと……」
ムバフは折れた剣をじっと見つめたままワナワナと震えだす。
「きえええええ!」
と奇声をあげて剣を放り投げ、両手で頭を抱えながら草むらに倒れ込んだ。そしてそのまま、からだをくねらせてもだえ苦しみはじめた。
自称トレジャーハンターのムバフは貴重な品を収集するコレクターであったが、偽物をつかまされたと知ると多大なショックをうけ、陸にあがった魚のようにピチピチと悶絶するのであった。
「おろかなやつだ。修学旅行先の京都で木刀を買う高校生じゃあるまいし……」
「でも、なんだかちょっとかわいそうに思えてきましたね。シュウトさん、なんとかなりませんか?」
「そうだな。武士の情けだ」
そう言って、シュウトは置いてあった火バサミを拾ってムバフに近づく。
「スキあり」
「ぐふっ」
シュウトはもだえるムバフの頭を火バサミでポカっと叩いた。
「安心しろ。みね打ちだ」
「そもそも刃がないだろ……ガクっ」
シュウトのとどめの一撃によってムバフはおとなしくなった。いちおう苦しみから解放してやったといえるだろうか。
第三者からは凶器を手にした殺人犯とその被害者にしか見えないことだろうが、心配はご無用。めったに人が来るようなところではなく、見られることはまずないからだ。バレなければ問題ないのだ。そもそも正当防衛であるのだが。
「でも、いいのか? さんざん迷惑をかけられたんだろ? それなのに、わざわざこいつの心配をしてやるなんて」
「受けた恩には恩で返す。受けた仇には恩で報いる。これがわたしのモットーなのです。たしかにこの方は善人ではないかもしれませんが、それでも不必要に苦しむことはないと思いますから」
「そうか、それなら──安らかに眠れ」
と、シュウトは折れた剣をムバフのそばに突き刺し、墓標の代わりとした。
「せめて、これを」
と、アイレンは集めた花をたむける。がむしゃらに剣を振りまわすムバフが切り散らかしたものだった。
「よし。ねんごろに弔ってやったことだし、帰るとするか」
「はい! 採れたての山菜で腕を振るっちゃいますよ!」
「助かるよ。どこぞのアホのせいでムダに疲れたからな。すっかり腹ペコだ」
手に汗握る激戦に勝利したシュウトは、アイレンとともに帰路についた。ずた袋を戦利品の野草や山菜でいっぱいにして。
「しっかしなあ……本物だったんだな、これ」
ずた袋の表面をなでながら、シュウトはつぶやいた。命の恩人ともいえるずた袋。これからは足を向けて寝られないことだろう。
「もー。信じていなかったのですね」
アイレンがほほをふくらませてムッとする。
「その、なんだ……すまん」
「いいでしょう。許してあげます。わたしは慈悲深いのです」
ペコっと頭を下げるシュウト。アイレンは寛大な心をもって彼のことを許し、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「ははー。聖女アイレン様のお慈悲に感謝をー」
シュウトもおどけて返し、ふたりで笑い合った。
「大事にしてくださいね。これからも、きっとシュウトさんのことを守ってくれるでしょうから」
「ああ、そうだな」
お守りにしてはご利益のなさそうな見た目をしているが、その効果は折紙付きだ。
「でもな、アイレン」
「はい?」
「これからも守られるってことは、また危険な目にあうってことじゃないか?」
「あ……あはは……」アイレンは笑ってごまかそうとした。「では、幸せを運んでくれるでしょう! ということにしておきます」
「幸運のずた袋──ってとこか。言葉の響きはよくないが、ほんとうに幸運を呼んでくれそうな気はするな」
今回の一件で、シュウトは聖女の衣に対する考えを百八十度あらためることになった。彼の常識では到底はかることのできない不思議なことが、この世界にはまだまだたくさんありそうだ。
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