#15 目覚めるは、いにしえのチカラ

「この……この!」


 ムバフの必死の剣はかなしく空を切る。間合いもへったくれもない攻撃はシュウトに軽々と避けられる。


「くそう、かわすんじゃない! あたらないだろうが!」


「かわさないとあたるだろうが。おれには切られたい願望などない」


 やみくもに剣を振り続けるムバフ。回避に徹するシュウトにはかすりもせず、足元に生えている草花を刈るだけだった。


「はあ、はあ……真剣ってやつは……どうしてこんなに重いんだ。もっと軽くしてほしいものだ……疲れてきたじゃないか……」


 しだいに動きがにぶくなってきて、肩を大きく上下させて呼吸する。疲れてきたという割には、悪態をつく元気は残っているようだ。


「スキあり」


 と、これまで防戦一方だったシュウトが反撃に出る。拾った木の棒をムバフの頭めがけて振り下ろす。


「なんのこれしき!」


 ムバフが気合で薙ぎ払う。木の棒は豆腐でも切るかのようにスパッと半分になり、シュウトの攻撃は空振りに終わった。


「ほお、なまくらじゃなかったんだな」


 切られた棒の断面を見ながら、シュウトは言った。模造品の可能性もあると思っていたが、切れ味はたしかなようだ。


「あたりまえだ。これは伝説のメイケンだぞ」


「迷う剣と書いてメイケンと読む」


「名高い剣と書いて名剣だ!」


 シュウト、お約束のボケ。ムバフ、怒りのツッコミ。


「バカにしやがって……この剣の威力、その身をもってわからせてくれる!」


 力を振り絞って剣を振るムバフだったが、スタミナ切れで先程よりも動きがとろくさくなっていた。


 これならいける、とシュウトは確信する。このままかわし続け、変態ストーカー男が動けなくなったところを狙えばいい。ぶん殴って剣を奪えば、おれの勝ちだ。


 すぐにムバフの疲労はピークに達し、剣を振ることさえままならなくなってきた。これを好機ととらえ、シュウトは一気に距離を詰めて剣を奪いにかかる。


「おっと──」


 しかし、シュウトは先ほど切られた木の棒の切れ端に足をとられ、そのままバランスをくずしてしりもちをついてしまった。


 ムバフはチャンスとばかりに接近し、残りの力を総動員して剣を高々と振り上げた。そして、シュウトに最後通告を送る。


「き、き……斬るぞ! ほんとにいいんだな! どうなっても知らないからな!」


 プルプルと小刻みに震える剣の刃が、シュウトめがけて打ち下ろされる。ビビり散らして腰の抜けたムバフが繰り出すへっぽこな太刀筋。まず致命傷には至らないだろうが、あたれば血の一滴や二滴では済まされない。


「くっ──」


 体勢をくずして避けられないと悟ったシュウトは、とっさに両手をまえに出して身を守ろうとする。


「シュウトさん!」


 アイレンの声がむなしく響く。しかし、シュウトに向かって突き進む剣を止めることなど、できるはずもない。


 剣は無慈悲にもシュウトに命中する。


 ガキン──という金属音。


「ん……? なんだ、今の音は……」


 ビビって目を閉じていたムバフは、予想外の音に戸惑いながらおそるおそる目をあける。すると、真ん中からポッキリと折れた剣が彼の目に映った。


「な……なんでだ? なんで折れてるんだ?」


 ムバフは想定外の事態に理解が追いつかず、半分の長さになった剣を握りしめたままぼうぜんと立ちつくす。


「シュウトさん!」アイレンがシュウトに駆け寄る。「大丈夫ですか? おケガはありませんか?」


「ああ……なんともない。不思議なくらいにな」


 アイレンはシュウトにケガがないか念入りに調べるが、彼の体には大ケガどころか小さなかすり傷ひとつなかった。ケガがなくてホッとしたアイレンだったが、気になることがひとつだけあった。


「シュウトさん、いったいなにをしたのですか? それで剣を折るなんて……」


「え? おれはなにも──」


 困惑しているシュウトが自分の手に視線を移すと、彼の手にはアイレンお手製のずた袋が握られていた。切られそうになってとっさに身をかばおうとしたとき、無意識のうちに掴んだのだろう。


「わたし、はっきりと見ました。シュウトさんがそのバッグをかざすと、剣が折れて飛んでいったのです!」


 アイレンが指さす先の草むらに、折れた剣の先端のほうが落ちていた。


「そうだったのか。気がつかなかった」


 シュウトはずた袋をさわる。ふつうの……いや、ふつうよりもよっぽどよれよれの布で作られたずた袋。なかには山菜くらいしか入っていない。こんなものが真剣をへし折るなどとは、とても考えられないことだった。


「わかりました!」アイレンが急に声を大にして言った。「聖女さまのお力です! 聖女さまのご加護が、凶刃からシュウトさんを守ってくださったのです!」


 力説するアイレンの言葉には謎の説得力があった。


「うーむ……にわかには信じられんが、そうとしか考えられないな……」


 まゆつば物としか考えていなかった聖女の衣。この奇跡のような出来事を目の当たりにしたとあっては、本物だと信じざるを得ない。


 しかし、仮に聖女の衣が本物だったとして、まだ大きな謎が残っている。聖女アイリーアとは何者だったのだろうか。アイレンの先祖で千年前に人々を救済したとの話だが、なぜその聖女のまとっていた衣に不思議な力が宿っているのだろうか。


 例によって考えたところで答えが出るわけでもない。シュウトは、聖女とやらはすごい人だったんだなあ、くらいに割り切ることにした。

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