#14 初バトルは裏山で

「安心しろ。みね打ちにしておいてやる」


 スラリと引き抜かれた両刃の剣は刃こぼれひとつなく、太陽の光をうけてキラリと輝いた。鞘と柄の部分はゴテゴテと悪趣味に飾り立てられていたが、その刃はまぎれもなく本物だった。


 ムバフは剣の切っ先をシュウトにむける。


「あの……ひとついいですか?」


 と、アイレンがおずおずと片手をあげた。


「どうした?」


 シュウトが聞き返す。


「その剣には、みねがないと思うのですが……」


 どれどれ、とシュウトはムバフの持つ剣の刃をじっくりと見てみた。


「あ、ほんとだ。それ両刃だ」


「な、なにい? 両刃だと!」ムバフは自分の抜いた剣を見て顔を真っ青にした。「なんて危険なものなんだ……いったいどうすればみね打ちができる……」


「いや、ムリだって。あえて言うなら、平らな部分で平手打ちみたいにペチペチ叩くぐらいはできるかもな。ダサいけど」


 ダサいのはいまさらか。だって、剣そのものがダサいんだから。しかも持ち主までダサい。シュウトは心のなかで補足した。


「もしかすると、本当は心優しいお方なのではないですか?」


「小心者なだけだろう。血が怖いとか、じつは一度も生き物を斬ったことがないとか。自分を強く見せるためのこけおどしの剣さ」


「ええい、だまれ、だまれー!」


 やけくそになったムバフは、今度は顔を真っ赤にして怒り出し、剣をめちゃくちゃに振りまわした。


「あ、おこった」


「せっかく情けをかけてやろうと思っていたのに、好き勝手言いやがって! こうなっては仕方ない。血の一滴や二滴は覚悟してもらうぞ!」


 ムバフはふたたび剣の切っ先をシュウトにむける。


「そこは腕の一本や二本だろう。やっぱり小心者なんだな」


「剣で斬って血が一滴しか出ないというのは、逆にむずかしいのではないですか? もしかすると、剣の達人なのかもしれませんよ」


「そうか、能ある鷹は爪を隠すってやつか。可能性はあるが……とてもそうは思えないな。達人というより変人だろう」


 真剣をまえにしてもなお、のんきに会話を続けるシュウトとアイレンのふたり。ムバフのことを完全に舐めきっているだけなのか。それとも、ちょっとのことでは動じない大物なのか。定かではない。


「だーかーらー! キサマらには緊張感というものがないのか? 頼むから、もうすこしマジメにやってくれよお……」


 無視され続けることに耐えきれなくなって、ムバフは震える声で懇願をはじめる。その目には涙がにじんできていた。


「かわいそうにも思えてきましたね」


「かまってやる義理はないんだがな……しょうがない、ちょっとまってろ──」


「ん……? なにをしている?」


 キョロキョロと周囲を見まわして探し物をはじめたシュウト。ムバフは不思議そうにその様子を見守る。


「よし、これでいいか」


 シュウトは草むらに落ちているなにかを拾いあげた。


「なんだ? それは」


「見ればわかるだろう。そばに落ちてた木のぼっこだ」


 それなりの長さがあってまっすぐな木の枝。こどものチャンバラごっこにはうってつけの代物だ。


「そんなことは聞いていない! いったいなぜ、せめてそっちの鉄製の道具を使わないのか、と聞いているんだ!」


 ムバフはシュウトの火バサミを指さした。山菜取りには必要ないため、リュックといっしょに草むらに置いてあった。


「あれは大事な相棒だ」


「──は?」火バサミを指さした体勢のまま、ムバフは口をポカンとあけて動きを止めた。「あんなものが……相棒?」


「まっぷたつにでもされたら困るんでな」


「胴体がまっぷたつになるよりましだと思うが……まあいいだろう」


 ムバフはみたび剣の切っ先をシュウトにむける。


「後悔するなよ。それでは、ゆくぞ!」


 と威勢よく言ったはいいが、一向に動きを見せないムバフ。


「──どうした? こないのか?」


「いや、またちゃちゃを入れられるんじゃないかと思ったんだが──考えすぎのようだな。今度こそ、ゆくぞ!」


 剣を上段に構えなおして動き出す。


「と、そのまえに」


 二、三歩踏み込んでからまた動きを止めた。


「なんだなんだ? ちゃちゃを入れてるのはおまえじゃないのか」


 シュウトはあきれ顔で言った。


「もう一度情けをかけてやろうと思ったのさ。これが最後だ、そのお宝を渡せ。そうすれば見逃してやろう」


「お宝…………ああ、このずた袋のことか。お宝ってイメージはまったくないからな。なんのことを言ってるかわからなかった」


 シュウトは肩にかけているずた袋をさわった。リサイクルショップでも買い取ってくれるかあやしいものだ。とてもお宝という感じはなかった。


「で? すなおに渡す気になったか?」


「お断りだ。これはアイレンの大切なものらしいからな。変態ストーカー男なんぞに渡すわけにはいかない」


「また変態などと言いやがって……もう容赦はせんぞ!」


 怒りにまかせて今度こそ本当に切りかかるムバフ。シュウトは一歩下がるだけでその素人剣法を回避する。


 もはや何度お預けをくったかわからないが、ようやくバトルがはじまった。

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