#13 だれだっけ
「えーっと……これはどうだ?」
「それは食べられる野草ですね。収穫しておいてください」
「よし、わかった」
シュウトはアイレンに確認をとってから野草を摘み取り、ずた袋に入れていく。
新生活がはじまって二日目の晴れた日。シュウトのバイトが午前のうちに終わったため、午後からふたりで裏山に来ていた。自宅アパートから徒歩で行ける距離にあるちょっとした山だった。
「あ、これは煮物に入れるとおいしい山菜ですね」
山菜取りをするアイレンは、散歩に連れて行ってもらったワンちゃんのように生き生きとしていた。食用のものを見つけては西へ東へ。もしも彼女に尻尾があったなら、パタパタと元気よく振っていたことだろう。
「しかしよく知ってるなあ。どうしてそんなに詳しいんだ?」
「孤児院で働いているとき、食べ盛りの子どもたちを満足させるためによく取りに行っていたのです。はじめは図鑑で調べていましたが、すっかり覚えちゃいました」
「なるほどな」
そのときの経験があって、今のたくましいアイレンがいるのだろう。貧乏に負けず、金がなくとも強く生きていける。そんな野性的ともいえる側面が、彼女にはあった。
「わあ! 見てください、シュウトさん!」
「どうした?」
「とってもいい景色ですよ!」
アイレンが手を振ってシュウトを呼んだ。そこは視界がひらけていて、町を一望することのできる見晴らしの良い場所だった。ふたりは草むらに腰をおろし、すこしのあいだ休憩することになった。
おだやかな初夏の風が、若葉をゆらしながら吹き抜けてゆく。ふたりの火照ったからだを冷まし、疲れをいやす。
そういえば、とシュウトはこちらに来るまえのことを思い出す。もとの世界では、山の木々が色づきはじめ、秋を迎えたところだった。つい昨日のことのように鮮明に思い出せる──いや、実際に昨日のことだったか。
「のどかですね──」
「ああ、そうだな──」
しかし、突然あたりに響き渡る謎の大声が、ふたりの平穏なひと時に終わりをもたらすことになる。
「ふはははははは! また会えたな、小娘とおまけの男よ!」
声のする先にひとりの男が立っていた。なぜか木の枝の上に。
「いまそっちに行くから、ちょっとだけ待っていろ!」
男は華麗にジャンプ──はせずに、幹をつたって堅実におりはじめる。
「あの方はどうして木の上にいるのでしょうか?」
「なんとかと煙は高いところが好きみたいだからな。そういうことだろう」
「なんとか?」
「バカと煙さ」
「だれがバカだって?」ようやく地面にたどり着いた男が言った。「人探しの基本だろう。『人を探すときは木に登れ』という格言を知らないのか? 無知なヤツらめ」
「いや、絶対ないから。そんな格言」
「わたしもはじめて聞きました」
「山や森で遭難したときにも使えるテクニックだ。帰り道を見つけられるぞ。覚えておくといい」
ガセネタである。注意されたし。
「というか……だれだ? おまえ」
「昨日会ったばかりだろうが! この美男子をよく見て思い出すがいい!」
シュウトは不審な男をしげしげと観察してみる。こんなあやしい人物に知り合いなどいないはずだ。そもそもこの世界で知っている人など、片手で数えられるほどしかいないというのに。
シュウトの視線は男から剣へと移る。ゴテゴテと飾り立てられた悪趣味な剣。これにはたしかな見覚えがあった。
「──あ、そのダサい剣は……あのときの悪趣味なお笑い芸人!」
「悪趣味でもなければお笑い芸人でもない! まさか、このボクの名前まで忘れたわけではあるまいな」
シュウトは肩をすくめてアイレンに目を向けるが、アイレンも無言で首をかしげるだけだった。
「知らん。そもそも聞いた記憶がないんだが」
「なんと! それでは教えてやろう。ボクはさすらいのトレジャーハンター、ムバフ。お宝を求めて旅するロマンチストさ……」
と言って、自慢の長髪をかき上げ、シュウトたちのほうへ流し目をおくる。
「お、これは食えそうじゃないか? ほうれん草みたいな」
「んー……食べられないことはないのですが、とても苦くておいしくないのです。そっとしておいてあげましょう」
「そうか。命拾いしたな、野草よ」
「って聞いてないし! ボクを無視して草に話しかけてるんじゃないよ!」
声を荒らげて抗議する変態ストーカー男──もとい、自称トレジャーハンターのムバフ。シュウトとアイレンのふたりは、おかまいなしに山菜取りを再開していた。
「おれたちは見てのとおり忙しいんだ。ひとり漫才ならよそでやってくれ」
「おひとりで漫才ができるのですか? すごいですね!」
「だれが漫才をやっとるか、だれが! そんなに草むしりが大事か?」
「これはきょうの晩飯になるんだ。大事に決まってるだろ」
「その雑草が? イモムシか、おまえは?」
「なんとでも言え。菜食は健康にいいんだよ。用がないならさっさと帰んな」
しっしっとムバフを手で追い払おうとするシュウト。
「ボクを羽虫みたいに扱うんじゃない! ──まったく、あれから大変だったんだぞ。あの衛士にしつこく追われるわ、逃げてるうちに迷子になるわ。おまけに、ようやくおまえたちを見つけたと思ったらぞんざいに扱われるし……」
「自業自得だろう」
「自業自得ですね」
賛成多数で自業自得法案が可決された。それもそのはず、そもそもの原因はアイレンをつけまわし、市街地で剣を振りまわしたムバフにあるのだから。
「おれたちは見てのとおり、その日暮しの貧乏生活をしてるんだ。金目のものなんて持ってないぞ」
「おっと、そうだ。忘れるところだった。ボクはキサマと遊ぶために来たのではなかった。そっちの小娘にようがあるのさ」ムバフの指先がアイレンに狙いを定める。「その! 聖女の衣とやらを! いただこうと! 思ったんだがなあ……」
アイレンがひとり旅をしているあいだ、ずっとまとっていた聖女の衣。つい昨日まではあったのだが、いまは影も形もなかった。
「おかしいな……おい、小娘。いったいどこに隠したのだ!」
「隠してなどいませんが……」
「ならどこに──」
「あそこに」と、アイレンはシュウトが肩にかけているずた袋を指し示す。「生まれ変わっていますけどね」
「なにい! なんてバチあたりなやつらなんだ!」
「おまえが言うな」
「そうですよ」
まったくだ。盗っ人猛々しいとはこのことか。
「だいたい、どうしておまえが聖女の衣のことを知ってるんだよ」
「それはもちろん、小娘がだれかとその衣の話をしているのを、偶然たまたま立ち聞きしたからさ」
「ストーカーだけじゃなくて盗み聞きもするのか。最低だな」
「偶然だと言ってるだろうが。まあ、そんなことはどうでもいい。そろそろいただくとしようか。おとなしくそいつを渡しな」
「断る。おまえにくれてやる義理はない」
「そうか。ならば力ずくでいただくとしようか」
ムバフは剣の柄に手をかけた。
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