第3話 じつはすごいやつ

#10 ボロアパート

「思ってた以上に古いな。そしてボロい」


 こんな家を見たことはないだろうか。住宅街にひっそりとたたずむ場違いなボロい民家。管理する者がおらず、何年も何十年も放置されている木造家屋。いまに倒壊するのではないかと周辺住民からおそれられてはいるが、なぜか台風にも地震にも大雪にも耐えてそびえ続ける難攻不落の要塞。


 いまシュウトとアイレンの目のまえにあるのは、そんな感じの木造二階建てボロアパートだった。


「そうですか? これくらいのほうが、わたしはむしろ落ち着きます。まえに住んでいた孤児院と雰囲気が似ていますから」


「ということは……よく燃えるってことか」


「たき火でおイモを焼くときは十分に注意しましょうね。火の始末はしっかりと。水の用意を忘れずに」


 冒険者ギルドを出たふたりは、リンコからもらった地図を頼りにして、このボロアパートまで歩いてきた。そのアパートは町の中心から離れた住宅街にあり、まわりの民家と比べて少なくとも四十年は歴史がありそうなヴィンテージものだった。


「よいしょっと」


 シュウトがパンパンに膨らんだ麻袋を地面に置いた。冒険者ギルドを出たときには持っていなかったものだ。


「ちょっとのあいだにずいぶん集まりましたね」


「そうだな。どこの世界にも、ポイ捨てするやつらはいるってわけだ」


 ギルドを出てこのアパートを目指して歩いているとき、シュウトは道端に落ちているゴミが気になってしかたなかった。しかし、拾ったところでそれを入れておく袋がなければ意味がなく、拾いたいのに拾えないというジレンマに襲われていた。このままでは彼の理性が崩壊しかねないと思われた。そのとき、街灯に引っかかっている汚れた麻袋を発見し、それをゴミ袋としてゴミ拾いをすることができたのだった。


「そっちはどうするのですか?」


 アイレンはシュウトが小脇に抱えているものを指さした。一見ゴミとしか思えないものばかりだった。


「お財布は交番に届けましたけど、ほかは……」


「ああ、これは再利用するんだ。チラシは裏が白いからメモ帳がわりに使えるし、こっちの穴のあいた布きれも縫えば雑巾くらいには使えるだろうし」


 いつもシュウトはゴミ以外にも様々なものを拾っていた。落し物は拾って交番に届け、まだ使えそうなものは再利用し、資源ゴミにもならない本当にいらないものだけをゴミとして処分していた。


「さてと、ゴミはあとでどうにかするとして、問題はこいつだ……いきなりくずれたりしないだろうな」


 アパートの敷地を囲うブロック塀をコンコン小突きながら、シュウトはこれから暮らそうとしている家を見つめる。ここがシュウトのもといた日本だったならば、間違いなく耐震強度の基準を満たしていないことだろう。


「人を見た目で判断してはいけません」


「いや、これ人じゃないから。見るからに古くて危なそうなんだが」


「ダメですよ、後ろ向きにばかり考えていては。古いということは、雨にも風にも負けない丈夫なおうちということです」


「そうとも言えるな。だけど、長年耐え続けてきて明日あたり寿命が来る、とも考えられるだろう?」


「心配性ですね。住めば都ですよ」


「崩れたらただの廃墟だ」


「住んでみればわかることです。さあ、行きますよ」


 またしても怖いもの知らずにどんどん進んでいくアイレン。そんな彼女の姿を見て、シュウトは不安に思った。イノシシのように突き進む彼女の考え方は、もはや前向きを通り越して無謀と言えるもので、いつか痛い目を見るのではなかろうか。その純粋さゆえに悪人にだまされるのではなかろうか。


 しかし一方で、なんの根拠もないが、アイレンのやることなすことすべてがうまくいく気がした。彼女にはそう思わせるなにか、もって生まれた幸運のようなものがあるのかもしれない。


 アパートの側面にある階段をトントンと軽やかにあがっていくアイレンと対照的に、その古びた階段はミシリミシリとにぶい音を立てている。あとに続くシュウトは、崖にかかるボロい吊り橋を渡るかのように、一歩いっぽ安全を確かめながらのぼっていった。


 ふたりが借りたのは、横にみっつ並んだうちの真ん中の部屋、二○二号室だ。シュウトが二階にあがってきたとき、ちょうどアイレンがカギをあけようとしているところだった。カギはすんなりと鍵穴に入り、ガチャリと音を立てる。ドアノブをまわして引くと、ドアはギィっと騒がしくひらいた。


「あきました!」


「そりゃそうだろうな、ドアなんだから。いや、立てつけが悪くてあかない可能性もあったわけだ」


 アイレンは部屋にあがって回れ右をし、自分の脱いだ履き古した靴を整える。ここでは土足厳禁のジャパニーズスタイルのようだな、とシュウトはその様子を見て思った。玄関から続く廊下の左手側には扉がふたつあり、トイレと浴室だろうかと思われた。


 アイレンが正面の引き戸をあけてなかに入る。


「わあ、ステキなお部屋ですね!」


「そんなまさか……」シュウトは疑いながら部屋に入ってみる。「──ほんとだ。思ってたよりもずっとまともだ」


 シュウトは自身の目を疑った。多少ほこりっぽくはあったが、外観からは想像もつかないきれいな部屋だった。といっても、第一印象がわるすぎたためによく見えるのであって、実際はごくふつうのワンルームなのだが。


「色々とそろっていますね。これなら食材さえあればお料理ができそうです」


 アイレンは真っ先にキッチンを確認していた。戸棚のなかには最低限の調理道具や食器類が収納されている。シュウトが蛇口をひねるときれいな水が流れてきた。コンロはIHクッキングヒーターのようだ。冷蔵庫のなかをチェックしながら、シュウトが言った。


「さすがに冷蔵庫は空っぽか。水は出るからひとまずは安心だな──まてよ、冷蔵庫? IH? なんでこんなものがあるんだ!」


 このファンタジー世界に似つかわしくない存在があまりに自然に置かれていたために、シュウトは気がつくのが遅れてしまった。あらためてじっくり見てみるが、もとの世界の家電としか思えない。


「それが魔化製品ですよ。魔法の力で動く便利なものです。シュウトさんも見たことがあったみたいですね」


「これがそうなのか、なるほどな」


 と、シュウトはうなずいた。電気で動けば電化製品、魔法の力で動けば魔化製品というわけだ。


「名前と仕組みはちょっと違うけど、おれの国にも同じようなのがあるんだよ」


「そうでしたか。では、使い方はバッチリですね」


「たぶんな」


 中世風の世界に現代風の家電。見てくれはファンタジー世界だが、日常の生活水準はもとの世界とあまり違わないようだ。この変な世界観はシュウトの頭を悩ませたが、別に困ることでもないか、と開き直ることにした。


「おっと、こんなことをしてる暇はなかった。じゃあおれはバイトでも探してくるから、この家のことは頼んだぞ」


「はい! 任せてください!」


 シュウトは新居をあとにし、日雇いのバイトを求めて職安に向かった。

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