#7 公共職業安定所

「いったいどこのバカップルですか。騒々しい」


 女性は、先ほどシュウトが腰かけてみた安物と違い、座り心地が良さそうで立派なイスに座っていた。いかにも社長室に置いてありそうな高価なもので、ひとたび背もたれを倒せば、それは寝心地のよいベッドに早変わりすることだろう。それゆえ役所の窓口には不釣り合いだった。


 また、女性のいるところはちょうど天窓から光が射し込むベストポジションで、昼寝にはうってつけだと考えられる。


 突然の女性の出現に驚き戸惑っていたシュウトとアイレンであったが、シュウトがようやく口をひらいた。


「うわ出た、魔女のばあさん」


「魔女でもばあさんでもありません。いきなり失礼な男ですね」


「そうですよ、シュウトさん。若くてきれいな方なのに、それはひどいですよ」


「……すいません」


 女性陣の冷たい視線を受け、シュウトは肩をすぼめて素直に謝罪した。男は女に勝てない。これは異世界共通の真理なのかもしれない。


「それで、なんの用ですか。まあ、聞くまでもありませんが。ここに来たということは、依頼を受けるためか冒険者志望でしょうから」


 女性はめんどくさそうに応対する。


「依頼? 冒険者? 違います。清掃員志望です」


「──はい? いま、なんと?」


 シュウトの思いもかけない言葉に、窓口の女性は目を丸くして聞き返した。


「だから清掃員の募集はないかと」


「あなたはここをどこだと思っているのですか?」


「公共職業安定所」


「はあ……」と、女性は大きなため息をついた。「ここは冒険者ギルド。冒険者の管理や新規登録、依頼の斡旋などを行う公共機関です。就職の手伝いをするところではありませんので」


「あれ、違ったのか。ここに行けばいいと教えられたんですが」


「まったく、どこのだれかは知りませんが、余計なことをしてくれましたね。厄介ごとを押しつけてくれて」


 あきれたようにほおづえをついた女性は、もううんざりという態度を隠すことなく、とっとと帰れオーラを全開にした。


「もしかすると」とアイレンが言った。「ここを教えてくれた衛士の方は、シュウトさんのことを冒険者になるためによそから来た人だ、と考えたのではないですか? めずらしい服装だと、私も思いましたから」


 女性はほおづえをついたままシュウトに目をやる。


「──言われてみれば変わった服ですね」


「気づいてなかったのか」


「他人の服装になんてまったく興味ないので。それよりも、あなたは出稼ぎ労働者か移民ということですか?」


「いや、そうではなくて……どう言えばいいのか難しいな……」


 シュウトは腕を組み、うーんと唸りながら考え込んだ。


「あえて言うなら……漂着者ってとこですかね」


「漂着者? ここは無人島の浜辺ではありませんが。浮浪者ということですね」


「そういうわけでは……いや、浮浪者で間違いではないか。浮かび上がってきたからな。でもやっぱり違うんだよな……」


 シュウトは、さっきのアイレンの時と同じように、なんと言ったらいいのかわからずに困り果てていた。よその国ではなくよその世界から来ました、などと説明するわけにもいかない。かといって、下手なウソをついたところですぐにボロが出るのは目に見えていて、むしろ状況は悪くなるだろう。


「まさか、不法移民ではないでしょうね。もしそうなら強制送還になりますが」


 女性の目つきが変わり、シュウトを鋭くにらみつける。やる気のないアルバイト従業員並みの気怠げな態度は露と消えた。


「そんなことありませんよ。ね、シュウトさん」


 アイレンが心配そうにシュウトを見つめる。


「不法移民か……否定はできないな。むしろ強制送還してもらえるなら、そのほうがありがたいくらいだ」


 シュウトは腕を組んだまましみじみとうなずいた。もちろん、もとの世界に送り返してもらえるわけはないのだが、そうなればと思わずにはいられなかった。


「──ありがたいですって? 強制送還されたい不法入国者なんて聞いたことありませんよ。あなたの話を聞けば聞くほど、あなたが何者なのかわからなくなります」


 女性はシュウトの言葉に面食らった様子だった。不法移民であろうとなかろうと否定するのがふつうだが、シュウトは否定しなかったうえに強制送還を望むという異様な態度をとった。彼女はそのことに困惑させられるばかりで、理解が追いつかなかった。


「訳の分からないことばかり言って、わたしをからかっているのですか? それとも、煙に巻こうとしているのではないでしょうね」


「そういうつもりはないんですが──」


 ポリポリと頭をかくシュウト。


「あなたの話はもういいです。荷物をあらためさせてもらいます」


 このままではらちが明かないと判断した窓口の女性は、荷物検査をして情報を得ることにした。シュウトの掴みどころがない話を聞き続けたとしても、日が暮れるだけで進展はないだろう。


「どうぞ」と言って、シュウトは背負っていたリュックをおろして窓口カウンターのうえに置いた。


「これは──いったいどこに薪をくべるつもりですか? 浮浪者なのに」


 まず真っ先に女性の目についたものは、リュックの横のところに引っかけてあった火バサミだった。彼女はそれを、薪をはさむための道具、としか思っていなかった。


「それはおれの相棒です」


「────」


 女性は無言のまま、かわいそうなものを見る目でシュウトを見た。彼の意味不明な発言にいちいち驚くのは無駄だと悟ったのだろう。


「ゴミ拾いに使うんです。長年いっしょにゴミを拾ってきたんで、相棒というか、欠かせない存在というか」


「ふーん。そうですか」と女性は興味なさそうに返事をして、手に取っていた火バサミを置いた。「そういえば、清掃員がどうとか言ってましたね」


 火バサミが引っかけてあったほうと逆側のポケットには水筒が入っている。一応ふたを開けてみるが、不審な点は見当たらなかった。


 窓口の女性は次にリュックの中身を確認しようと開けてみる。そのなかには筒状に丸められた紙が入っていて、まずはそれを取り出した。


「なんだそれ? そんなものを入れた覚えはないぞ」


 シュウトは首をひねった。


「そっちの彼女のものでは?」


 女性はアイレンのほうを見る。


「いいえ、わたしのものでもありませんよ」


 アイレンは首を横に振って答えた。


「それでは、知らぬ間に入っていたということですか?」


「そういうことになるな」


「──まあ、なかを見てみればわかることでしょう」


 女性は結んである紐をほどき、丸まった紙を広げてみる。

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